市川市   視覚障害者をスマホで案内

市川市    「あと1mでホームの端」 視覚障害者をスマホで案内

 

2020年の東京五輪・パラリンピックに向け、誰もが安心して会場まで移動できるよう鉄道やバスなどの交通機関は現在、バリアフリー化を急いでいる。競技場が集中する都心に路線を持つ東京地下鉄(東京メトロ)では、地下鉄構内を視覚障害者でも移動しやすい駅にしようと、ハイテク技術を使った道案内の実験が進んでいる。取材に出掛け、実情を探ってみた。
「左4メートル、階段」――。
10月中旬。東京五輪・パラリンピックの競技会場となる東京辰巳国際水泳場の最寄り駅を訪れると、地下鉄構内から、こんな音声が響いてきた。
有楽町線の辰巳駅(東京・江東)。音声の発信源は、東京都立川市に住む視覚障害者の男性(29)が持つスマートフォン(スマホ)からだった。辰巳駅では現在、東京メトロが視覚障害者向けにスムーズな構内移動を可能にしようと、新しい音声案内サービスの実証実験が進められている。
仕組みはこうだ。視覚障害者が片手に白杖(はくじょう)を持ち、もう一方の手にはスマホを持った状態で、視覚障害者用の黄色の点字ブロックの上を歩いていく。しばらく進むと、点字ブロックの分岐点に差し掛かった。視覚障害者が困るのは、こうした分岐点での判断だ。
しかし、新サービスでは、分岐点に差し掛かると先ほどの「左4メートル、階段」といった具合に、手に持つスマホから周辺情報が音声案内で知らされる。だから障害者は判断に困らず、安心というわけだ。
スマホのカメラが分岐点に差し掛かると、点字ブロック部分に貼られたQRコードを読み取り、音声案内が流れる。カメラが読み取りやすいよう分岐点には5つのQRコード付きシール(縦横9センチメートル)が貼られてあった。

タクシー会社は車いすのまま乗車できる車両を導入(JR東京駅前)
■試した記者も「安心」実感
利便性はどうか。男性は「とても使い勝手が良かった」と振り返った。普段から地下鉄で外出したい思いはあったが、いつも駅構内の複雑な動線が気がかりだった。だが今回の実験では入り口からホームまで滞りなく歩くことができ、自然と笑みもこぼれた。
試しに、記者も駅の入り口からホームまで目を閉じたまま点字ブロックの上を歩いてみた。案内サービスで良かったのは、改札内のトイレに寄り道した時のことだ。
前方から「ピンポーン」というトイレの場所を知らせる音が聞こえてきた。距離にして30メートルぐらいか。歩くにつれて音は大きくなったが、トイレの正確な場所は予想しづらい。「壁にぶつかるかも……」。そう思った時、「トイレに着きました」との音声がスマホから流れてきた。スマホがうまく点字ブロックのQRコードに反応し、音声を流してくれたのだ。
その後、1つ下の階のホームに下りた。すると今度は「この先1メートル、ホームの端になります」との音声が聞こえてきた。実際は、線路に落ちないようホームドアがあるのだが、音声で案内してくれるだけでも、大きな安心感を抱いた。
これまで実証実験に参加した30人以上からの評価も高かったという。これなら実用化は近いのではと記者も思った。
だが、東京メトロで同実験を担当する企業価値創造部の工藤愛未さんによると「スマホによる音声案内だと、混雑時には聞き取りにくいという課題もある」という。今後は、バイブレーション機能の導入も検討するが、まずは年末まで現行方式で実験を継続し、改良を重ねていく考えだ。

■転落防ぐホームドア欠かせず
東京五輪・パラリンピックでは高齢者や障害者も国内外から多く観戦に訪れるとみられる。鉄道やバスなどの交通機関でバリアフリー対策を徹底できるかどうかは、大会運営を成功させるうえでも大きな課題となる。
東京都が都民を対象に実施した調査では、障害者らにもやさしいユニバーサルデザインのまちづくりの実現には「鉄道駅のバリアフリー化」が重要との回答が最多だった。対策として鉄道各社がこぞって力を入れるのは転落を防ぐホームドアの設置だ。
国土交通省によると2018年3月末時点で、国内でホームドアを設置している駅は725駅。10年前に比べ331駅(84%)増えており、同省は20年度までに800駅に引き上げる目標を掲げる。
JR東日本は1日平均の乗降人員が10万人以上の駅を優先して整備を進めている。山手線は「品川新駅(仮称)」を含めた全30駅のうち、五輪までに28駅で設置の完了を計画する計画だ。東京急行電鉄は世田谷線とこどもの国線を除き、19年度中にホームドアかセンサー付きのホーム柵を全駅で整備する。
車いすの利用者や子ども連れに配慮した新型車両を導入する動きも広がり始めた。西武鉄道が19年3月に投入する8両編成の新型特急「ラビュー」は電車内では珍しい多目的トイレを設置。車いす2台分がそのまま入れるスペースも用意する。同社は「観光電車でもあり、幅広い客層に対応したい」と話す。

■スロープ使い車いすでバス乗車
鉄道に次ぐ輸送網のバスも対応に動いている。京成バス(千葉県市川市)は成田空港―東京駅間で、バリアフリー対応の2階建てバス「ダブルデッカー」の実証運行を始めた。同社は車いす対応のリフト付きバスを導入済みだが、乗車するのに15分以上かかっていたという。ダブルデッカーはスロープで1階部分に直接車いすで入れるため、約3分で乗車できる。
バリアフリーの設備には一定のスペースを確保することが必要だが、同社は「2階建てにして通常の高速バスと同等の定員にした」と強調する。
タクシー会社の間では車いすでそのまま乗降でき、乗車スペースを従来車両に比べ広くした次世代タクシー「ジャパンタクシー」を導入する動きが目立つ。東京ハイヤー・タクシー協会によると現在、東京23区を中心に約4000台が走行。五輪までに1万台へと大幅に増やす計画だ。
「高齢者が乗り降りしやすく、天井が高く開放感があるとの声を乗客からいただいている」。タクシー大手の国際自動車(東京・港)に所属する40代の運転手は使い勝手をこう評価する。自治体も普及を後押ししており、東京都の場合、20年度までの限定で1台当たり最大60万円を助成している。
交通各社のバリアフリー対応は進みつつあるとはいえ、都は「諸外国と比べると整備が遅れている」と指摘する。都によると、例えば地下鉄駅のホームドア整備率はソウルやシンガポールが100%。東京メトロの整備率は17年度末時点で55%にとどまる。
東京視覚障害者協会(東京・豊島)の稲垣実会長は「以前に比べ交通機関のバリアフリー対応は進んできた」と一定の評価をする一方で、「異なる鉄道会社の路線を乗り継ぐ場合、障害者を介助する駅員の連携がとれていないこともある」などの課題を挙げる。
バリアフリー設備は五輪後も残る「レガシー(遺産)」となる。20年以降の高齢化社会の進展を見据え、官民の取り組みの深化が期待される。