浦安市 エアレースの王者が語る福島と航空の未来

浦安市    エアレースの王者室屋氏が語る福島と航空の未来

 

日本の航空の未来を考えるにあたって、是非とも話を聞きたい人がいた。エアロバティック・パイロットの室屋義秀氏だ。

 

エアロバティック、すなわち曲技飛行競技のパイロットを志し、渡米して航空免許を取得。指定のコースを飛行してタイムを競う航空レース「レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ」に参戦して、2017年には年間を通じた世界チャンピオンの座を獲得した。

レッドブル・エアレースは、自動車のF1グランプリのように、年間を通じて世界を転戦し、操縦技術とスピードを競う競技だ。日本人パイロットのチャンピオン獲得は、室屋氏が初めて。スカイスポーツの世界的ヒーローとなったといっていいだろう。

その室屋氏は訓練の拠点を、福島県福島市にあるふくしまスカイパークに置いている。

今年10月、ふくしまスカイパークに新たな建物が落成した。室屋氏が自身の活動のために設立した航空マーケティング会社、「パスファインダー」の建屋だ。航空機の展示場としての機能も持つ。

氏はここ数年、記者会見のたびに「福島における航空振興」について語ってきた。ヒーローは新たな拠点を得て、福島で何をしようとしているのか。

(編注:日本の航空関係の歴史と現状については日経ビジネスオンラインの連載「『飛べないMRJ』から考える日本の航空産業史」をご一読いただければ幸いです。特に「自作飛行機のコミケ? 米国『オシコシ』に絶句(関連記事参照)」は是非)

――メディアは「航空機展示場」と書いていますが、これは室屋さんの訓練のための新たな拠点でもありますね。

室屋:そうです。隣のふくしま飛行協会の航空機展示場から引っ越してきたばかりです。

――まず伺いたいのは、室屋さんはなぜ日本に「わざわざ」ホームベースを置くのか、ということです。日本の航空をめぐる状況は必ずしも良好とは言えません。環境も社会制度もアメリカのほうがはるかに整っています。それでも日本の、ここ福島に拠点を置く理由はどこにあるのでしょうか。

日の丸を背負うなら日本に拠点をおかないと
室屋:自分も米国で免許を取りましたから、あの国のジェネラル・アビエーション(自家用機など、定期航空以外の民間航空の総称)の充実ぶりは身をもって知っています。それこそロサンゼルスの一飛行場だけで、日本の全自家用機と同じぐらいの数の機体が置いてあるというのを見てますしね。

単純にパイロット、つまり航空機のオペレーターとしてなら、アメリカで仕事をしたほうが全然いいです。でも、自分はスカイスポーツの世界選手権に、こういう言い方がいいかはわかりませんが日本代表として参戦しています。日本の旗を掲げる以上は、日本に拠点を置きたいと思ったんです。それで、このふくしまスカイパークを拠点として使わせてもらうことにしたわけです。

ふくしまスカイパークは、競技用機の拠点を置くにはかなり条件の良い飛行場です。十分な長さのあるしっかりした滑走路がありますし、民間機の練習空域の中にあるので飛び立つとすぐに練習ができます。標高400mほどの山の上にあるので、雲や霧の条件は標高70mほどの平野部よりも悪いのですが、ここが霧でおおわれる時は、平野でも有視界飛行の条件を割り込んでしまうんです。つまり有視界飛行が基本の競技用機としては、飛行できるコンディションの日数は平野の飛行場と比べてそんなに大きくは変わりないんですよ。

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福島市の郊外に位置するふくしまスカイパークは、法律上は場外離着陸場に区分される飛行場だ。800mの滑走路を持ち、官公庁のヘリコプターや自家用機が主に利用している。

定期航空が就航する福島空港とは別に、このような小さな飛行場ができるにあたっては、やや込み入った事情が存在する。バブル経済真っ盛りの1988年、農林水産省が「農道空港」という構想を打ち出した。農道を利用した小さな空港から小型機を飛ばし、地方の農産物を高速に消費地へ運ぼうというものだ。そのため農水省の予算で、全国8カ所に農道空港――正式には農道離着陸場という――が建設された。そのひとつがふくしまスカイパークだったのである。

農道空港の構想はうまくいかなかった。小型機による農産物輸送は高コストである上に、高速道路の建設が進み、トラックでも十分な高速輸送が可能になったからだ。農産物輸送事業の終了後、これら農道空港は地方自治体の予算で多目的離着陸場として運営されている。

室屋氏は1999年からふくしまスカイパークを自らの活動の拠点としている。現在のふくしまスカイパークは、曲技飛行の練習やベンチャーの技術開発拠点としても利用されるようになっている。

レース開催によって社会の小型航空機への認識が深まる
――それでも日本に拠点を置くと、国土交通省・航空局をはじめとした関係官庁や、地元福島県との折衝などで大変ではありませんか。

室屋:理解を得られるまでにはもういろいろありました。そもそも2015年からレッドブル・エアレースを千葉県で開催するにあたっては、航空局の方々ともずいぶん話し合いました。

――今年2018年は、レース機が離発着できるかどうかの許可が開催ぎりぎりまで出ないという事態になりましたよね。一部では、レースの興行のために航空法を曲げるなとする厳しい報道もありました。

室屋:今年の開催にあたっては、当初厳しい見解もありました。膝詰めの交渉を重ね、また、運航側の安全への取り組みを理解してもらって実現にたどり着きました。これは、レッドブル・エアレースの開催にあたっては、航空局も高いレベルでしっかりとかかわっていることを意味します。粘り強く交渉を続ける中で、私たちも航空局でどういう方たちがどうやって仕事しているかがわかってきました。

レースとなると、メディアが一斉に報道しますから、注目度が高いです。レース用の機体は現在最高の技術の粋を集めたものですが、法規上の区分では実験航空機、つまりエクスペリメンタルとなります。ですからレッドブル・エアレースを開催し続けることによって、エクスペリメンタルの区分に入る航空機が技術的レベルの低い機体ではない、という認識は広く浸透してきたと思っています。

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レッドブル・エアレース千葉大会はこれまで、浦安市の海岸沿いの浦安市総合公園を航空法の定める場外離着陸場として申請して許可を取り、そこから離陸して千葉市の幕張海浜公園の海岸沿いの海上に設定したレースコースへと飛んでいた。ところが今年は、これまで場外離着陸場として使っていた場所のすぐ横にホテルが開業してしまい、航空法の滑走路の近くには高い建物があってはならないという制限に抵触してしまった。最終的にはホテルを借り切って無人にするという条件で航空局の許可を得た。
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――レースの意義は単なる興行に留まるものではないという認識ですね。レッドブル・エアレースは2015年以降、毎年千葉で開催しています。レースを開催することで、何か日本の航空をめぐる状況が変わったとお思いですか。

室屋:いや、まだ基本的には変わってないです。今の状況は法律で決まっているものですから、変えようとするなら航空法の改正ということになります。これはそう簡単なことではありません。実現するとしても5年とか7年とか、相応の時間がかかるでしょう。

――航空をめぐっては、日本と米国との間に絶望的にも思える格差があります。それは何に起因していると考えているでしょうか。

室屋 航空を職業とする人の数があまりに違います。米国では航空を職業として、それで生活を営んでいる人がいっぱいいます。だから国もしっかりした使いやすい仕組みを作るんです。しっかりしていないと現場の人たちから突き上げを食らいますからね。

――もちろん、使いやすい制度を作ると航空産業も伸びて、結果的に国の経済が潤うことになる、と。

室屋:現在の日本はそうじゃないです。パイロットに限らず、整備や運航、開発に至るまで、全然関連人口が小さいんです。この状態でひとりふたりが騒いでも、なかなか国の側が良い制度を作ろうとするだけの十分な理由になりません。

――まず関連人口を増やすところから始めないといけないことになりますね。

室屋:そうです。

●「目つきの違う子」はいますか?

――では、このふくしまスカイパークという場所を使って、どうやって航空関連の人口を増やしていこうとしているのでしょうか。

室屋: まずは航空に興味を持ってもらうことが重要と考えています。特に未来を担う子供達に、広く知ってもらいたいんです。そこで、この4年間ほど、福島県と共同で小学生のための航空教室を行ってきました。

――関連人口を増やすとなると、まずは子供に知ってもらわないといけないということですね。子供は未来の大人だから。とはいえ、自動車は周囲に免許をもって運転している大人がたくさんいるから、自然に子供は「自分も運転したい」と思うけれど、飛行機はなかなか子供が「そうか、飛行機って自分で操縦できるんだ」と思うところまで至らないですよね。

室屋:その点、ふくしまスカイパークは、見学者と機体との距離が近いですからね。子供が航空機に触れるという点では、有利な場所です。

さらには、私も副理事として参加し、お手伝いしているのですが、今、ふくしまスカイパークはNPO法人のふくしま飛行協会が、指定管理者として運営しています。ここには飛行教官も在籍していますし、訓練用の機体もありますので、16歳以上の方なら自家用操縦士の免許取得のための訓練が受けられます。2019年度からは、本格的に訓練生の受け入れを行う体制がとれる予定です。なるべく訓練費用を抑えて、低コストに自家用機の免許を取得できる場所にしたいと考えています。

――つかぬことをお伺いしますが、そういう子の中に“目つきの違う子”っていませんか。らんらんと光る眼で柵に張り付いていつまでも離れないような子。

室屋:いますよ。福島県の子供教室だと150人ぐらいの子供が一度に来るんですが、その中に2、3人ぐらいそういう子がいます。そういう子は持っているエネルギーが大きいですから、うまく伸ばしてあげないといけません。

今、福島県は、沿岸の浜通り地方にドローンが自由に実験できる地域を作ったりしていて、新しい技術開発の拠点を立ち上げようとしています。幅広く福島を航空の集積地にしようと動いているわけですね。自分としては、そのための第一歩を踏み出す作業を、ここふくしまスカイパークでお手伝いしているという認識です。今は、空に興味を持ち実際に行動している人が、徐々にこの場所に集まってきているという段階です。

●福島の浜通りに滑走路を中心とした航空産業の一大集積地を

――室屋さん自身としては、より主体的に何か日本の航空をめぐる状況を変えたいという考えはありますか。また、そのために現在何をやっているのでしょうか。

室屋:自分は空を飛びたい一心から始まって、いろいろな人に助けてもらって、ひとつ突き抜けることができたんだと思っています。2017年にはレッドブル・エアエースの年間チャンピオンを獲得することができました。

多くの人に授けられた力を、次の世代に繋いでいくことが、頂点に立った人間の使命だと感じています。その仕組みづくりをこれから手がけていきたいと考えています。

ではどういうことをすればいいのかと考えると、言いだしっぺになって周りを巻き込んで進んでいく人になろうと考え、動いています。無から物事を生み出すには、きっかけと巨大なエネルギーが必要です。物事が進み始めれば、それを整理してまとめていける人材に繋いでいけばいいわけです。自分は先頭にたって燃え尽きるまでどんどん進んでいきたいと思います。

――具体的には?

室屋:この完成した拠点を使って、小学校3/4年、5/6年、そして中1/中2という3つのクラスに分けて「空ラボ」という子供向けの航空教室を来年から開催します。興味を持った事を、理論的に学んでいくプロセスを提供します。そして中学以上では、物事を実現するための行動を持続するためのコツをプラスし、将来の職業選択の判断材料のひとつにして欲しいと思います。

航空志望といっても全員が職業パイロットになるわけではないですからね。整備にも運航にも機体開発にも、それぞれ適性を持つ子はいるはずですから、幅広く体験できるということに留意するつもりです。

その先にはレッドブル・エアレースの福島誘致もしてみたいですね。レッドブル・エアレースは世界で4億人が視聴する大きなイベントです。これを東日本大震災で大きな被害を受けた福島の浜通り地方で開催できれば、「福島の復興はここまで進んだよ」ということを世界にアピールする良い機会になります。レースで海外を転戦していると、「福島って原発事故で人が住めなくなっているんだって」とか言われることが多々あるわけですよ。福島の現状は必ずしもきちんと海外で知られているわけではありません。そこでレースを開催することで、「福島の今」を世界に広く知らせることができると思います。

その先には……個人的な妄想みたいなものですが。

――ぜひ聞かせて下さい。

室屋:福島の海沿い――浜通り地方に3~4kmの長大な滑走路を中心にした航空の集積地ができればいいなと思っています。宇宙帰還機が利用できる十分に長い滑走路を中心に、航空機の整備施設や航空機開発メーカーの工場、ベンチャー企業などが集中して立地する拠点です。

――どんな機体でも作ったらすぐに飛ばすことができる場所ですね。米国だとモハビ砂漠みたいなところ。

●浜通り地方は非常に可能性に恵まれた場所

室屋:そうです。東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故で大きな痛手を被った浜通り地方ですが、航空という面から見ると非常に大きな可能性を持っているんです。

まず、巨大な施設を建設できるだけの十分な広さがあります。平坦な地形で、高さ数十mの丘陵が連続する程度なので飛行場には適しているんです。空域管理という面でも、海岸から少し沖合に出れば自由に飛べる空域がある。つまりエクスペリメンタルの区分に入る実験機を飛ばすという点では、はるか沖合の空域まで飛んでいかねば飛行試験ができない既存の小牧や岐阜より有利になります。

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モハビ砂漠は、米国南西部カリフォルニア州、ユタ州、ネバダ州、アリゾナ州の4つの州にまたがってひろがる広大な砂漠だ。ここには米空軍が技術開発の拠点として、巨大なエドワーズ空軍基地を構えている。エドワーズでは、1947年10月のチャック・イェーガーが操縦するベルX-1実験機による史上初の音速突破や、1981年のスペースシャトル「コロンビア」初飛行時のコロンビア着陸など、航空宇宙の歴史に刻まれる数々の事業が行われた。

エドワーズ空軍基地の北西には、民間機向けのモハビ空港がある。最長3800mの長大な滑走路3本を持つ一方で、定期航空は就航していない。このため、モハビ空港には航空宇宙系のベンチャーが集まり、「実験機を作ったらすぐに飛ばすことができる、民間の技術開発の拠点」として活況を呈している。有名どころでは、航空機設計者バート・ルータンが起業したスケールド・コンポジット社が、このモハビ空港のハンガー(格納庫)に本社を置いている。

小牧というのは、愛知県・豊山町の名古屋飛行場のこと。1942年の開設当初は小牧陸軍飛行場という名称だったため、今も通称「小牧」と呼ばれている。中部国際空港(セントレア)が2005年に完成するまでは愛知県の空の玄関だった。ここには国産旅客機「MRJ」を開発する三菱航空機が本社を置いている。MRJは2015年11月に、この小牧で初飛行を行った。

岐阜は、岐阜県各務原市にある航空自衛隊・岐阜基地のこと。ここには自衛隊向けの技術開発と飛行試験を行う飛行開発実験団が配置されている。隣接して川崎重工業の岐阜工場があり、最近では同工場で開発・製造した空自向け輸送機「C-2」、海自向け哨戒機「P-1」が、岐阜基地でロールアウトと初飛行を行っている。
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室屋:もちろん地域の方々の思いがとても重要で、福島県民の合意形成が必要なのはあたりまえなので、これはあくまで航空運航者としての個人的妄想です(笑)。でも、福島の浜通りには航空機の飛行訓練、運用や整備から実験機や新機種の開発に至るまでのすべてが集まる集積地になるだけの条件がそろっているんです。

おそらく実現には30年とか40年とか長い時間がかかるでしょう。子供教室に来てくれる子供たちの中から育った人材が、日本の航空を主導するようになるまでの時間です。多分もう自分は生きちゃいないですね。

それでも、国が本気で航空を振興したいと考えるならば、これぐらいの長期計画で十分な容量を持つ拠点を整備することは、国家として未来への価値ある投資だと思っています。