浦安市【平成家族】「一家だんらん中心のCMは幻想」

浦安市

【平成家族】「一家だんらん中心のCMは幻想」、社内の声で気づいた担当者 これまでの食卓像、一新したイオン

専業主婦が料理を作り、家族みんなで夕食を囲む「サザエさん」のような一家だんらん風景。スーパーの品ぞろえも、テレビCMも、そんな一家だんらんを前提に考える時代が長く続きました。ところが平成になってまもない1992(平成4)年には専業主婦と共働きの世帯数が初めて逆転し、世の中のニーズは、手間をかけてつくる料理よりも、忙しいなかで短時間で準備できる総菜や冷凍食品へと急速にシフト。大手のスーパーやコンビニエンスストアの担当者も近年、「だんらん」だけではない食卓のかたちを意識した発信を模索しています。

「脱だんらん」CM、人事畑女性が仕掛け人
流通大手イオンリテールは平日の午後4~8時でも総菜や生鮮食品の品ぞろえを充実させる「夜市」の新CMをこの夏から始めました。

仕事帰りの母親が娘の手を引いて、メンチカツを手に取る。家で食卓に並べれば娘も夫もにっこり笑顔。仕事を終えてイオンに立ち寄り、レンジでチンするだけのカレーを買って自宅で食べるサラリーマンなども描かれています。

このCMを仕掛けたのは、マーケティング部の長真樹子さん(39)。人事畑を長く歩んできて、今後も人事のキャリアを希望していましたが、「新たな風を吹かせて違った視点から変えてほしい」と今年3月、上司にCM戦略などを担うマーケティング部への異動を告げられました。

「人材育成や人事のキャリアで学んできたことをいかせるのか不安でしたが、新しい環境で挑戦してみようという気持ちが大きかった」と長さんは振り返ります。

夜市のCMをリニューアルしたイオンリテールの長真樹子さん=千葉県浦安市の「イオン新浦安店」
「家族だんらんの食卓は幻想」
長さんにとって、イオンのCMで強く印象に残っていたのは「20日、30日、5%オフ」といった「安さ」を訴えるもの。そのうえで、「自社のプライベートブランドの品質の良さやコンセプトをもっと伝えたらいいのに……」と思いをめぐらせていました。イオンの食を中心としたブランドを一から見直し、CMでの発信方法を変えてみることにしました。

それまでのCMは一家だんらんの様子が中心でした。「ファミリーを追いかければいい」(広報)という考え方で、長さんにも最初は違和感はありませんでした。

異動から1カ月後、社内の働く女性や育児に携わる男性、独身女性などが集まってプロジェクトが立ち上がりました。そこで聞いた社員たちの声は、長さんにとって意外なものでした。

「家族だんらんの食卓は幻想。押しつけがましく感じられる」

「がんばっているのに、もっとがんばれというのか」

なかには一家だんらんのシーンを好意的に見ていたメンバーもいましたが、イオンがそれまで想定していた家族像は幻想だと気づきました。「人々のライフスタイルの多様化が前から進んでいるのに、それに対応したCMを打てていませんでした」

長さんの周りだけでも、独身で外食やコンビニ弁当を頼りにする友人や、専業主婦で子ども3人と夫で食卓を囲む友人など、さまざまな食卓のかたちがあります。高齢の夫婦は、単身赴任の男性は……。イオンのCMには多様なライフスタイルを送る人々が登場します。

「いろいろな登場人物を出して、その人にあった食を提案しています」と、長さんは話します。

中食「食卓を豊かにするアイテム」
日本惣菜協会の調査では、2017年に総菜や弁当の「中食」の市場規模は初めて10兆円を超えました。専業主婦世帯が減り、共働き世帯が増えていることが背景にあるようです。

一方で、平成の時代に中食市場が伸びた要因を、別の視点から指摘する専門家もいます。

大正大学客員教授の岩村暢子さんは「すでに女性の社会進出では説明できません。専業主婦も積極的に総菜を使います」と指摘します。

日清食品のチキンラーメンが普及した1960年は「インスタント元年」といわれます。この年以降に生まれた人たちは、家庭の食卓にインスタントやレトルト、冷凍食品が上がる時代に育ち、そうした食品に抵抗がないといいます。

「インスタント元年」以降に生まれた人が親になり、結婚し家庭を持ち始めたのが平成元年(1989年)ごろ。平成の終わりには、その人たちの子育てが一段落します。

「この30年に家庭食が変わらざるをえないのは当然です。食べたいものを大量なバリエーションの中から選び取れたり、自分が作るよりももっとおいしいものが手に入ったりする。中食は食卓を豊かにするための1アイテムですから、今後も市場は成長するでしょう」と、岩村さんは話します。

家族のあり方が多様に広がる中、新しい価値観とこれまでの価値観の狭間にある現実を描く「平成家族」
連載「平成家族」
この記事は朝日新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。家族のあり方が多様に広がる中、新しい価値観とこれまでの価値観の狭間にある現実を描く「平成家族」。今回は「食」をテーマに、12月1日から計8本を公開します。