船橋市
都会は家賃が高くて儲からないという地方飲食店の勘違い(玉木潤一郎 経営者)
地方で飲食店経営をしている方から「都会へ出店したくても賃料が高額だから難しい」という声を聞くことがある。たしかに店舗の賃料は大都市よりも地方の方が安い。さらに地方でも、駅から離れた郊外へいくほど割安になる。
割安という表現を用いたが、賃料が割安なのか割高なのかを比較する場合には賃料の総額を面積(坪数)で割った”坪単価”を用いることが多い。
たとえば面積20坪の店舗を月額30万円で借りた場合には、
300,000円÷20坪=坪単価@15,000円
となる。
店舗の面積はまちまちなので、坪単価を算出することで面積の異なる店舗の賃料を比較検討できる。
筆者は静岡県内で複数の飲食店を経営しているが、そんな立場から地方と都会の飲食店経営の違いを考えてみたい。
■賃料坪単価の地域差について
筆者が店舗を構える静岡では、県庁所在地である静岡駅周辺の繁華街と、県内その他の駅とでも賃料の坪単価に2倍以上の差がつく場合がある。
まして県外の、例えば東京などの大都市となれば賃料は更に高くなり、固定費として経営を圧迫するのは間違いない。
そこで、当然、地方で黒字経営している飲食店であっても、大都市へ出店すれば賃料負担が重すぎてやっていけないだろう、という懸念が生まれる。
実際に地方と大都市の賃料相場を比較してみよう。公的なデータがあるわけではないので、民間の不動産情報サイトなどから条件が近いものを抽出しておこなう。
筆者の拠点である静岡市は、実は地方としては賃料水準がとても高い。飲食店に適した繁華街の一階店舗の坪単価は@15,000円~20,000円である。人口で同規模の岡山市@10,000円弱、船橋市@10,000円強と比較しても割高で、人口では3倍の札幌市@15,000円前後よりも高い。
しかしそれでも大都市の店舗と比較すれば安い。たとえば大阪市や名古屋市で同条件の賃料坪単価は@30,000円~35,000円以上のところがあるし、東京山手線内であれば@50,000円以上の物件もある。それらと比べればやはり地方である静岡市の賃料は安いといえる。さらに周辺市町であれば賃料坪単価はさらに下がり、駅前の繁華街の一階であっても@10,000円以下の店舗が少なくない。
■売上に占める賃料割合
基本的に店舗の賃料は毎月同額である。「基本的に」と述べたのは賃料は増減可能だし、売上に応じて賃料が変動する賃貸借契約もあるからだが、ここではひとまず金額が変動しないものとして考えたい。
飲食店において総売上に対する賃料比率の適正値は10~15%前後といわれる。比較のためにここでも賃料と同様に売上を坪あたり単価で算出する。
冒頭に例示した面積20坪の店舗で月間売上300万円をあげた場合は、
売上300万円÷面積20坪=坪売上@150,000円
となる。
この場合の坪当たりの売上に対する賃料比率は、賃料の坪単価が@15,000円だとすると、
賃料坪単価@15,000円÷坪売上@150,000円=10%
となり、賃料比率としては適正値といえよう。
地方では坪売上@150,000以下の飲食店が一般だが、東京や大阪などでは@300,000円を超える店舗も多いし、@500,000円を超える繁盛店もある。
賃料と同様に、地方と都会の飲食店における売上規模の差は大きい。たとえ東京で賃料の坪単価が@40,000円の店舗であっても、坪売上@450,000円ならば賃料比率は9%弱に収まる。
仮に賃料坪単価が静岡@15,000円と東京@40,000円と2倍強の差があったとしても、坪売上が静岡@150,000円と東京@450,000円であれば、経営を圧迫する賃料比率は静岡より東京の方が低くなる。
先ほどの試算では坪売上に大きな差があったが、仮に東京の店舗が坪売上@300,000円にとどまったとする。
その場合の賃料比率は、
賃料@40,000円÷売上@300,000円=13%強
となり、静岡での10%と比較して固定費として重く、やはり地方より都会の方が経営が苦しいように感じるが、果たしてそうだろうか。
■実質的な営業CF
飲食店経営においてもっとも大きな支出は賃料ではない。業態にもよるが、食材などの原価費が約30%、社員やアルバイトの人件費が約30%であり、そのふたつで売上のおよそ60%になる。
これらを元にざっくりと月のキャッシュフローを考えてみたい。都会の方が時給が高い傾向にあるので、人件費は静岡27%に対して東京30%としておく。その他の販管費は15%とする。
静岡市で賃料坪単価@15,000円×20坪の店舗で坪売上150,000を売り上げた場合は、
総売上 3,000,000円
賃料月額 300,000円(10%)
食材原価 900,000円(30%)
人件費 810,000円(27%)
他販管費 450,000円(15%)
となり、総売上から支出を引いた営業CFはプラス540,000円である。
では東京で賃料坪単価@40,000円×20坪の店舗で、坪売上が300,000円にとどまり、賃料負担が13%強となった場合のキャッシュフローはどうか。
総売上 6,000,000円
賃料月額 800,000円(13%)
食材原価 1,800,000円(30%)
人件費 1,800,000円(30%)
他販管費 900,000円(15%)
となり、総売上から支出を引いた営業CFはプラス700,000円である。
賃料が月額50万円高く、売上に対する比率が4%も重いにも関わらず、月次の営業キャッシュフローは約1.3倍となる。
飲食業において、支出のほとんどは毎月のように上下する変動費である。しかし賃料は出店時に検討できる固定費なので、坪単価に数倍もの差があると収益を大きく圧迫するように感じてしまいがちである。
しかし総売上に対する比率としては数パーセントの差であり、さらにキャッシュフローでは率よりも額のボリュームがものをいい、賃料が高い都会の方が収益は高い。
■地方と都会の飲食店収益性の格差
そもそも地方と都会とでは本当にそこまで売上に差があるのだろうかと思われるかもしれないが、実際に上述のような売上差の事例は大げさではない。
まずは通行人数が違う。たとえば静岡県では一日の乗降客数が10万人を超えるのは県庁所在地の静岡駅しかないが、東京なら山手線はほとんどが20万人を超えるし、地下鉄でも10万人を超える駅はザラにある。しかもそれらが近接している。
スペースの面からも都会は効率がいい。地方では面積に対して席数が少なくゆったりめに配置してある飲食店が多いが、都会では立ち飲み屋をはじめ席が窮屈な業態でも成立するため店舗の席効率がいい。さらに消費意欲の高い世代が圧倒的に多い。人口に占める高齢者の割合が大きい地方と異なり、若い世代が多い都会では乗降客数や人口の差以上に外食する人口の差は大きい。
また一見高いかと思える人件費も、売上に対する費率で考えると、実は前出の例とは異なり地方より都会の方が低いケースが多い。
たとえば居酒屋を例にとると、東京のオフィス街にある店であれば平日の17時から終電までの短時間で一定の売上をあげることができる。来店客がその時間帯に集中するため、時給の上がる深夜営業や日曜の営業時間の人件費が低い。
ピークタイムの来客が薄い上に深夜までダラダラとお客を入れて稼がなければならない地方の店と比較して、都会では人件費に無駄が少ない。来店が集中する時間が読めているために人件費ロスは低減し、また食材の廃棄ロスも減る。またオフィス街でなく繁華街であれば、東京では深夜帯の来店も厚く、逆に夕方早い時間の来店も見込める。
いずれにしろ日によってアルバイトの人件費が無駄になる時間帯が生じることが多い地方と比較して、人件費効率は格段にいい。
■地方の飲食店は東京に出店すべきか
最後に、東京ではお客も多いが競争相手も多いという懸念について述べたい。人口1000人に対する飲食店の数は東京都が6件、静岡県が5件である。この差をどう見るか。
筆者の飲食業経営者としての私見は、人口に対する飲食店数を比較するよりも通行人数を対象にすべきと考える。都会で電車通勤の人が飲食店に立ち寄る機会は多いだろうが、地方で車通勤の人が帰宅して夕食をとってしまえば、改めて外食に出ることはなかろう。そう考えると前述の差では、都会が地方よりも相対的に競争相手が多いということはいえまい。
都会と地方どちらに出店するかという問題は、釣りに例えれば釣り人は少ないが魚もいない釣り堀を選ぶか、釣り人は多いが魚がものすごく多い釣り堀を選ぶかという命題と同じである。ちなみに飲食店の倒産件数は2017年で700件を超えている※1。容易に開業できるが潰れるのも簡単な業種であることを忘れてはならない※2。
※1飲食事業を主業とする事業者(法人・個人事業者)で、負債 1000 万円以上・法的整理のみを対象。「飲食店の倒産件数が過去最多(2017 年)」帝国データバンクより 2018/01/16
※2なお、文中の賃料や売上高の事例は比較のための一例であり、エリアや業態など個別事例によって大きく異なる場合がある。