戦車と自走砲、なにが違うの? 総火演の見方も変わるおさえておきたい基礎知識
そもそも、戦車とは?
爆音を轟かせながら射撃をする戦車。その射撃は地面を揺るがし、敵に向かってまっすぐ伸びる砲身からの発射音は、お腹の底まで響いてきます。対する自走砲は、射撃時の音は戦車よりも小さく、射撃する時の砲の角度も戦車より上向きです。いったい、両者の違いは何なのでしょう。
まず戦車とは、装軌(いわゆるキャタピラー)式の装甲車で、主砲には口径の大きな105mmライフル砲や120mm滑腔(かっこう)砲といった戦車砲を装備しています。現代における戦車のそのおもな用途は、敵の戦車を撃破することです。
そもそも戦車は、第一次大戦で多くの犠牲を出しながらも、非常に長い期間に渡って敵同士が睨み合っていた「塹壕(ざんごう)戦」を打開すべく開発された兵器です。
塹壕とは、低い所では腰くらいの深さ、深い所で2m以上も深く地面に掘られた溝のことを指します。
この塹壕は敵味方両軍が平行して掘り進めていて、塹壕から飛び出すと敵に攻撃されてしまいます。手榴弾を使って攻撃することもありますが、手榴弾は深さ50cm以上の穴のなかに入れてしまえば、殺傷効果はかなり薄くなります。手榴弾は本体そのものが破裂して、その破片を周囲に撒き散らすことによって殺傷効果を得る兵器であるため、穴に入れるなどして回りを囲ってしまえば、その効果はほぼ無くなるからです。
毒ガス攻撃も考案されましたが、防護マスクを使用すれば防ぐことができ、皮膚から蝕むような毒ガスは、ガス攻撃後に突撃していく味方の兵士まで被害を被ってしまうため、安易に使用することができません。迫撃砲による攻撃は一定の効果を挙げましたが、退避するための壕に隠れればある程度回避できるため、砲撃もあまり効果が期待できませんでした。
ではどうすれば良いのか、様々なアイデアが出されるなかで実用化されたのが、イギリス海軍が主導で開発した「マークI」戦車なのです。
陸軍の兵器なのになぜ海軍が主導して開発したのかといえば、実は海軍ならではの発想ともいえる「陸上軍艦」を作れば良いという考えの元に開発されたからだといいます。大きな車体に装甲を取り付けて、車体上面には機関砲を装備させるという、まさに陸上の軍艦と呼ぶのに相応の兵器でした。
こうして、装甲板と57mm砲を搭載した世界初の実用戦車が第一次世界大戦中のイギリスに誕生しました。このマークI戦車は、現代の戦車の原型ともいわれています。
その後、多くの戦争や紛争を経て、戦車は大きく進化しました。現代の戦車はおもに敵の戦車を倒す為の兵器として姿を変えています。
戦車と見た目が似ている自走砲とは?
次に自走砲とは、大きな砲弾を射撃する大砲に、自らの動力を使って移動(自走)することができるようにした兵器です。戦車と同じように装甲が施され、その多くが装軌式となっています。大きな弾を射撃するのは戦車と変わりませんが、使用する砲弾は戦車よりも大きなものになる場合がほとんどです。
大砲そのものは、戦車よりも昔から使われていました(注:ここでいう戦車に、古代ローマなどに見られるような馬に引かせる戦車〈チャリオット〉は含みません)。初期の大砲は人間や馬が、自動車が登場してからはトラックなどの大型車両でけん引していました。
大砲は、目的地まで移動させる時の形状と、射撃をする時の形状が違います。移動させるときは、コンパクトに畳めるようになっているものが多く、射撃するときは、強い反動にも耐えられるように安定した形状になります。そのため、移動時の形状から射撃時の形状に変形させるために時間がかかるので、移動してすぐに射撃することができず、どうしてもタイムラグが生じます。そこで開発されたのが、自走できる大砲。つまり自走砲が誕生することになったのです。
戦車はまっすぐ撃つ、自走砲は基本曲げて撃つ
戦車も自走砲も大きな砲弾を射撃することはわかりました。では、実際の運用ではどう違うのでしょうか。
戦車は、敵の戦車を攻撃するために発展してきました。そのため、戦車の撃ち出す弾は、その弾の運動エネルギーを敵の戦車に直接ぶつけて、敵の分厚い装甲にダメージを与えることを主目的とします。そうした理由もあり、戦車の弾はまっすぐ飛びます。相手を直接狙う直接照準射撃であるため、これを直射といいます。同じ直射兵器には、ライフルやマシンガンなどがあります。極端な例としては、弓矢や吹き矢も直射兵器といえるでしょう。
自走砲が打ち出した砲弾が目標上空で爆発する曵火射撃の様子(矢作真弓撮影)。
自走砲の強みは攻撃のバリエーション
対する自走砲が撃ち出す弾は、おもに放物線を描きながら飛んで行くため、相手からすると頭上から弾が降り注ぐことになります。これを曲射といいます。直接相手を見ずに撃つことから、間接照準射撃ともいいます。そのため、山の反対側にいる敵に対しても攻撃をすることができます。
戦車砲と違い、放物線を描く弾道で飛ぶため、弾の先端に取り付けられた信管の種類を変えることによって、様々な射撃をすることができます。
たとえば、敵のいる陣地に対して点で攻撃を加えるために、弾頭が地面に接地した瞬間に爆発する「着発(ちゃくはつ)射撃(瞬発〈しゅんはつ〉射撃とも)」。そして、敵の上空で爆発させて、破裂した砲弾の破片を広範囲に撒き散らし、その地域を面で攻撃する「曳下(えいか)射撃」などがあります。これら信管には多くの種類があり、その目的に応じて付け替えることで、多様な攻撃をすることができます。
基本的には曲射をメインとした射撃を行う自走砲ですが、実は自走砲にも直射をする場合が想定されています。それは、敵の戦車や装甲車などが、自走砲陣地に接近してしまった場合などです。
自走砲などの陣地は、戦車や歩兵が戦闘している地域からおおむね10kmから30kmほど後方にあるので、その場所に敵の戦車などを攻撃するための対戦車火器はほとんど無い状態です。そこへ敵戦車が接近した場合、自走砲は搭載する直射照準装置を用いて、敵の戦車や装甲車などと自ら直接戦わなければならないというわけです。ただし、こういった自走砲が直接戦車と戦う場面は決して多くないといわれています。
同じように見えて、実は違う装甲の厚さ
戦車と自走砲の射撃方法が違うということは分かりました。しかし、ほかにも違う点があります。それが車体の装甲の厚さです。
戦車は戦車と戦うことを想定しています。もし、相手の戦車からの射撃を受けてしまった場合に、少しでも車体と乗員を守るため、装甲は非常に厚くなっています。現代では、装甲が厚くても貫通できる弾が開発されています。その弾から身を守るために、弾が車体に当たった瞬間に爆発する装置を取り付け、これが爆発することで威力を相殺する「爆発反応装甲」や、対戦車ミサイルなどの弾が直接車体に当たらないようにするフェンス状の「ケージ装甲」、そして必要な箇所に防御力を追加することができる「増加装甲」など、ほかにも多くの防御システムがあります。
対する自走砲の装甲は戦車ほど厚くありません。それは、想定される攻撃が敵の自走砲や迫撃砲などからの射撃だからです。
自走砲の撃ち出す弾は点(着発)と面(曳下)で攻撃することができます。その使い分けをたとえると、点で攻撃する場合は、敵の防御陣地をピンポイントで攻撃する場合などが多いです。対する面での攻撃は、敵の車両や歩いている歩兵に向かって攻撃する場合が多いです。
そのため、自走砲の装甲厚は、敵からの面での攻撃時に、自らの上空で爆発した弾の破片から、車体と乗員を守れる程度の装甲厚になっています。これはたとえば戦艦が、自ら搭載する砲の直撃を受けても防ぎきれる装甲を施したのと、発想としては同じものです。
装甲が施されていない「203mm自走りゅう弾砲」(矢作真弓撮影)。
自走砲といえど、もちろん例外もある
自走砲や迫撃砲などの曲射火器が弾を撃った瞬間に、その場所を特定することができる「対砲迫レーダー」という兵器もあります。そのため自走砲は、自らが射撃をしたあとはすぐに移動しないと、自分の位置を敵に探知されて、敵の反撃を受けることになります。後進している時にも、上空で敵の砲弾が爆発する可能性もあるため、ある程度の装甲が必要になるのです。
ちなみに、自走砲の分類のなかには「自走対空砲」という、航空機などに対する攻撃を行う兵器も含まれています。この場合、自走対空砲は曲射火器ではなく、直射火器という扱いになるので、少しややこしいです。
ほかにも陸上自衛隊には203mm自走りゅう弾砲という大砲がありますが、こちらは乗員の乗る位置に装甲が施されていません。というのも、このりゅう弾砲は1950年代にアメリカで開発された段階で、航空機への搭載を考慮して設計されたために、軽量化を図る目的で装甲が取り付けられていないのです。
用途や性能がまったく違う戦車と自走砲。戦う相手との距離感も、戦車は500mから2000mほどですが、自走砲は3kmから40km程度と、撃ち出す弾が飛んでいく距離も異なります。
戦車と自走砲は、それぞれの目的に応じて進化を遂げてきた、全く異なる兵器だったというわけです。