日本人が気づいていない、米中貿易戦争「これから本当に起きること」

日本人が気づいていない、米中貿易戦争「これから本当に起きること」

 

米中「開戦」の時
7月6日、「どうせ口だけだろう」と多くの人が高をくくっていた米中貿易戦争が実質的に「開戦」した。
正確には6月15日、米国は知的財産権侵害の制裁として中国からの輸入品500億ドルに25%の追加関税を課す方針を決めていた。7月6日に決まったのは、その第一次リスト(the first set)に対する課税であり、金額にして340億ドル相当である。
この問題に係る重要な論点は「課税金額の多寡」ではなく、「課税対象の品目」と言われる。
下の図表に示されるように、第一次リストの多くは資本財や中間財で構成されており、具体的には航空や産業用ロボット、半導体など、中国が強化を目指しているハイテク分野の製品を含む818品目である。

中国が邪魔だ
これらの品目は、中国政府が世界有数の製造業大国になることを企図して発表した産業政策「中国製造2025」における重点産業を意図的に狙ったものと言われている。
要するに、関税における「制裁金の大小」ではなく、ハイテク分野における「米中の覇権争い」が米中貿易摩擦の本質であり、「370億ドルではGDPに与える影響は軽微」といった表面的な理解では十分ではないという解釈が多々見られる。
これまでアナウンスされた各種措置の根拠法も多岐にわたっており、諸々の理由を付けてこの動きを続けようとする意思が透けて見える。その都度、安全保障や知的財産権侵害、国内産業保護といった大義を掲げているが、詰まるところ、「米国第一主義」を完遂するために色々な法律が援用されているだけというのが実情に近そうである。
「製造業大国としてハイテク分野での覇権を握ろうとする中国の存在がまずは邪魔」というのがトランプ政権の胸中であり、理由は後付けなのだろう。
なお、トランプ大統領は今回の340億ドルの残額(160億ドル)はもちろん、中国の出方次第では最大4000億ドルの輸入品に対し10%の追加関税を発動する用意があることも表明している。

最初に弾切れするのは中国?
もちろん、こうした措置を受けて中国も黙ってはいない。
中国国務院(政府)は同じく先週6日、米国からの輸入品340億ドルに25%の追加関税を課す方針を発動している。
具体的には545品目(米国と同じく340億ドル相当)を対象とし、米国産の牛肉、豚肉、大豆、小麦などの農産物、エビ、ウナギ、タラなどの水産物そして自動車などが含まれる。
トランプ大統領と与党・共和党の支持基盤である主要産業を狙い撃ちにする意図があるのは明らかだろう。これは中間選挙まで4ヵ月を切ったトランプ政権に対しては有効打となりそうである。
とはいえ、絶対額で比較すれば「米国が課税できる中国からの輸入額(2017年で5063億ドル)」よりも「中国が課税できる米国からの輸入額(2017年で1304億ドル、※米国の対中輸出額)」は圧倒的に小さい。ゆえに、同額・同率の関税を掛け合っていれば必ず中国が最初に弾切れに至る。
6月19日、中国が「(米国に対して)質と量を組み合わせた総合的な措置」と宣言したのは、そうした財貿易に限定されない手段(通貨安誘導や対中投資規制の厳格化など)を使って、一切退くつもりは無いという意思表示である。
鉄鋼・アルミニウムへの追加関税が決定された3月頃を境として人民元相場の上昇が止まり、今回の課税に繋がる通商法301条を理由にした500 億ドル課税決定の6月15日を境に急落し始めたのは偶然ではない(以下、図)。
「総合的な措置」はまず通貨政策からのアプローチが始まっている。

この戦いは2020年までは続く
今のところ米中一歩も譲らずという構図であり、これが変わる気配も特に感じられない。だが、トランプ政権のやっていることが仮に中間選挙対策なのであれば、残り4ヵ月間で選挙民にアピールする「何か」を得なければならない。
短期間で中国から「何か」を引き出すには極力高い球を投げておく必要があるため、今年に入ってからの矢継ぎ早な動きは首肯できる。だが、仮に中間選挙前に何らかの手打ちに至ったとしても、トランプ大統領の本当の狙いは自身の再選であろうから2020年まではこの種の動きは続く可能性が高い。

「親・中国」ドイツの動きに要注目!
いや、そもそもトランプ大統領でなくとも米国が中国を見る目は猜疑心に満ちている。
基本的には安全保障や技術競争といった側面から警戒の対象だとすれば、保護主義の先鋭化は当分、不可逆的なものかもしれない。
先週3日はトランプ大統領が世界貿易機関(WTO)脱退の可能性を示唆したことが話題になった。近い将来の話ではなく、米議会も絡むため容易な話ではないが、そのような動きが実現すれば一政権だけの話には止まらなくなる。
少なくとも「貿易戦争など至るはずがない。全てブラフ(はったり)だ」という従前の観測は今のところ外れていると言って良いだろう(実際に課税され始めているのだから実害は出ている)。
ちなみに、7月3日には、王毅外相を含む中国高官が7月16~17日にかけて開催される中国・EU首脳会議を前に、米国の先鋭化する保護主義に対して力強い共同声明を採択するように圧力を掛けたという事実が報じられた。
EUとて領海問題などで中国との間に差異を抱えていることから、簡単に応じる構えを公式には見せていないが、トランプ政権と対峙するにあたって何とかしなければならないという気持ちは中国と同じだろう。
親・中国で鳴らすドイツが主導してEUが中国になびくような展開は今後十二分に考えられ、仮にそのようなことになればブラフどころかもはや貿易世界大戦である。
日本への影響は?
ところで日本への影響はどう考えるべきか。
世界3位の対米貿易黒字を稼ぎ、その8割を自動車で稼ぐ以上、日本も大いに貿易世界大戦の当事者になり得る国である。
現時点で目立った衝突はないが、今月下旬にはいよいよワシントンで新たな2国間交渉のプラットフォームが動き出す。これが日米FTA交渉を意図したものであることは間違いなく、そこで槍玉に上がるのは日本の対米自動車輸出と考えるのが自然だろう。

トランプの「難癖」が一番怖い
既報の通り、トランプ政権は自動車・同部品の輸入増加が安全保障上の脅威になるかどうか調査を開始しており、輸入車に25%の追加関税を課すことを検討している段階にある。
6月29日、日本政府は公式にこうした措置は世界経済にとって「破壊的な影響を及ぼし得る」と表明し、米国内の業界団体なども同様の表明をしている。また、日本自動車工業会は仮に追加関税が実施されれば、米国内における自動車生産の落ち込みを通じて現地雇用が減少する可能性も指摘している。
日本の製造業は米国内の外国企業の中でもとりわけ雇用増加に寄与しており、こうした指摘の説得力は高いと考えるべきだろう。ちなみに米商務省の統計によれば、外国企業による米国内での雇用者数(2015年)を見ると、全産業ベースで日本は12.6%を占め英国に次ぐ第2位、製造業に限れば16.3%で第1位(ちなみに2位はドイツで12.7%)である。評価こそされ、批判される筋合いには基本的には無い。
とはいえ、貿易に関して異様に被害妄想の強いトランプ大統領である。日本の対米自動車輸出はやはり叩き甲斐のあるトピックに映っている可能性はやはり高い。
下記の図表に示されるように、日本の世界向け輸出全体に占める米国の割合は過去30年余りで明確に低下しているが、その米国向け輸出に占める自動車の大きな割合はほとんど変わっていない。

2017年の財貿易に関し米国の対日赤字は▲699億ドルだが、このうち80%弱が自動車・同部品の赤字である。結果、米国の自動車市場における日本車の割合は40%弱に至っているという現状がある。
こうして見ると、日本にとって米国向け輸出の存在感が落ちているとは言っても、米国が体感する日本車輸入の存在感は依然大きなものと推測される。貿易赤字を忌み嫌うトランプ政権が日本の自動車輸出に目を付けるのは自然だろう。
もっとも、米国の自動車企業は既に本邦市場から撤退しているため、関税を調整したところで彼らの販売が増えるという話にはなりそうにない。とすれば、「難癖」をつけてくるとすれば「日本の自動車企業(に限らず製造業全般)は過剰な円安で利益を貪っている」といった類の論陣だろうか。その場合、日銀の金融政策運営が槍玉に上がる可能性も視野に入ってしまう。
すでに日本の製造業として出せるカードが無いのだとすれば、両国の金融政策格差やその結果としての円安に目をつけ、基軸通貨国として特権を行使してくる展開が最大のリスクかもしれない。
完全に言いがかりであり「難癖」だが、これまでのトランプ政権の挙動を見る限り、絶対に無いとは言えまい。
そもそも貿易交渉が拗れる中で為替相場に圧力をかけてくる手口はトランプ政権に限ったものではなく、1990年代後半の貿易摩擦時に嫌というほど見せつけられた米国の「お家芸」の1つでもある。
そうなった場合、日本側から抗う手段は乏しいゆえ、為替見通し上、最大のリスクと考えざるを得ない。いずれにせよこのあたりのトピックは本当に交渉が動き始めてから別途論じたいところである。