韓国が本当は北朝鮮の非核化を望まないワケ
「北朝鮮の核」は下手すると「南北朝鮮の核」となって日本に向く。
「北の核と南の経済力を合わせ、民族を興そう」と、北朝鮮が韓国を口説いている。「北の核武装を邪魔するのではなく、協力しろ。韓国の核にもなるのだ」との提案だ。
■「民族の核」に心躍らせる韓国人
朝鮮日報のアン・ヨンヒョン国際部次長も北朝鮮の工作員からそう持ちかけられた。「わが民族同士の本質」(2017年9月20日)で明かした。
・最近、北京で会った北の対南工作員は「北の核はわが民族を守るために作ったものだ。北の核武力と南の経済力を合わせれば、我が民族は世界最高になる」と語った。民族を共倒れさせる核開発も「民族のため」ということだ。
南北合作を語る時、北朝鮮がまず念頭に置くのが「北が核弾頭を完成させる一方、南がミサイル発射型潜水艦を持つ」分業体制であろう。
アメリカは北朝鮮の地上・地中のミサイル基地の位置を相当程度、特定したとされる。専門家は「先制攻撃を実施すれば、北の核攻撃能力をほぼ破壊できる」と言う。
北朝鮮が核兵器を外交的に生かすには、先制攻撃から逃れうるミサイル潜水艦を保有し「攻撃してきても、こちらは核で反撃できる」と肩をそびやかせる能力を持たねばならない。
ただ、ミサイル潜水艦の建造には経済力と技術力が必要だ。北朝鮮も建造に取り掛かったとみられるが、深海に長時間潜むことのできる潜水艦の開発は容易ではない。結局、ミサイル潜水艦は韓国に造らせ、提供させるのが手っとり早い。
■韓国は2020年以降にミサイル潜水艦を配備予定
韓国は2020年以降、3000トン級のミサイル潜水艦を順次、配備する計画だ。1-3番艦は弾道ミサイル用の垂直発射筒を6門、4-6番艦以降は10門装備する方針だ。
潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の開発も進めており、2020年には実用化の見込みだ。水中から発射するためのコールド・ローンチ技術は、北朝鮮と同様にロシアから導入したとの報道がある。
韓国のミサイル潜水艦とSLBMの開発は、核兵器の使用が前提だろう。SLBMを含め弾道ミサイルは命中精度が低く、通常弾頭では破壊効果が薄いからだ。
核武装の下準備と韓国が認めたことはない。しかし、衣の下から鎧が見える。原子力推進型のミサイル潜水艦の保有にも動いたからだ。
原潜導入の目的について、韓国海軍は北朝鮮の核ミサイル潜水艦を沈めるため、と説明する。だが、その説明は疑わしい。対潜能力を向上したいなら原潜ではなく、水上艦艇の整備が有効だ。
原潜は通常動力型と比べ長時間潜航できる。敵の先制攻撃を避け、核ミサイルで反撃するには格好の兵器で、核武装の必要条件である。実際、原潜を持つ国はすべて核保有国だ。
核弾頭は韓国の技術力があれば、半年から数年で開発できるとみられている。北朝鮮から核で威嚇され核武装の必要に迫られた際、直ちに核ミサイルを実戦配備できるよう、あらかじめ運搬手段を確保しておくのが歴代の保守政権の腹積もりであったろう。
だが、北朝鮮との和解を唱える左派政権になっても、韓国はミサイル原潜の保有計画を捨てない。韓国各紙は「2017年8月7日、文在寅大統領はトランプ大統領との電話協議で、原子力潜水艦の保有に関し言及した」と一斉に報道した。
原潜の国産化、あるいはアメリカからの導入を認めてくれるよう、韓国の大統領がアメリカ大統領に直談判したのだ。アメリカの一部には、核武装を前提にアメリカ製原潜を日本に買わせようとの動きがある。韓国もアメリカ製の原潜がのどから手が出るほど欲しいのは間違いない。
もちろん、アメリカからは色よい反応はなかった。韓国の原潜保有は核武装が目的だとアメリカは見抜いている。左派政権が北朝鮮との核合作に利用しかねないとも疑っているだろう。
韓国政府がわざわざ「原潜保有の打診」をメディアにリークしたのは「核の南北合作」の努力を北朝鮮にわかってもらうためだったと思われる。この頃、文在寅政権は南北首脳会談に応じてもらえるなら、何でもしかねない勢いだった。
文在寅政権は初めから挙動不審だった。口では「完全な非核化」と唱えるが、その動きは消極的だ。拙著『米韓同盟消滅』でも詳しく書いたが、米朝が対決モードだった時は北側に立ってアメリカの軍事的な圧力を弱めようとした。
米朝が対話モードに入った後も北朝鮮が非核化に動いていないのに、対北経済制裁の網を破るのに熱心である。2018年7月20日、康京和(カン・ギョンファ)外交部長官は国連安全保障理事会で「南北の間では対北朝鮮制裁の例外が必要だ」と説明した。
同年4月の首脳会談の後、韓国は開城工業団地の再開など事実上の対北援助に動いている。それらを国際社会に認めさせようと「制裁の例外」を言い出したのだ。経済援助を再開すれば、北朝鮮が非核化にますますそっぽを向くのは、火を見るよりも明らかだ。現にこれまで、北朝鮮は非核化の約束を5度も破っている。
■「民族の核を持つ」という韓国人の夢
左派は北の核は南を向いていないと信じている。さらには自分たちと共有する「民族の核」と見なしている。「わが民族同士の本質」を書いた、朝鮮日報のアン・ヨンヒョン記者の懸念もここにあった。
・北の「我が民族同士」が緻密な赤化統一戦略であるのに対し、南の安易な左派勢力は民族の話さえ出れば感傷に浸ってしまう傾向がある。
・北が核・ミサイルで暴走しても「北韓が核・ミサイルを同じ民族である南韓に向け撃つだろうか。対米交渉用のカードに過ぎない」などと根拠のない楽観論を語る。
アン・ヨンヒョン記者の懸念は1年もたたないうちに現実になった。左派だけではない。国全体が「民族和解」の感傷に浸り、北朝鮮を信用するに至った。
2018年4月27日の南北首脳会談の前、韓国で北朝鮮を信頼する人は14.7%だった。会談後は64.7%に跳ね上がった。
峨山政策研究院によると、6月12日の米朝首脳会談直後の調査では、北朝鮮に対する好感度は10点満点で史上最高の4.71を記録した。アメリカの5.97には及ばなかったが、中国の4.16、日本の3.55を上回った。
南北合作の空気はすっかりでき上がった。ただ、「南北」と「米朝」の首脳会談前から――朝鮮半島で戦争への危機感が高まっていた時から世論誘導は始まっていた。
2017年12月14日、韓国で映画『鋼鉄の雨』が公開された。主人公は北朝鮮の工作員と韓国政府高官の2人。アメリカが北朝鮮を先制核攻撃するといったエピソードもあり「緊迫した当時」を映した。
筋書きは、開城工業団地を訪問中にクーデターで負傷した北朝鮮の最高指導者がソウルで密かに治療を受けた後、救急車で北に送り届けられる。その見返りに韓国は北の核兵器を半分譲ってもらう――と荒唐無稽だ。
だがこの映画こそは、南北が民族の対立を克服して核を共有し、傲慢なアメリカを見返す、といった韓国人の夢を率直に語った。
小説『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』(1993年)も南北が合同軍を作り、北の開発した核兵器を日本に撃ち込み屈服させる――というストーリーだった。100万部売れたとされ、映画化されて賞も受けた。
その24年後に韓国人は「民族の核を持つ」という夢を、映画を通して再び確認し合った。ただ、今度は見返す相手が日本ではなく、アメリカになった。韓国人の心の底の主敵の変化を反映したものだろう。
■北に支配される南
では、保守や中道の人たちも「北の核は自分たちの核」と本気で考えるのだろうか。それに関する世論調査は見当たらない。ただ、前述の峨山政策研究院の調査は回答者に政治的立場も聞いている。
自分を「保守」と考える人の「北朝鮮好感度」は4.32。「進歩」の5.37と比べれば低かったが、「中道」の4.34と大差がなかった。保守層も北朝鮮への警戒感を一気に緩めたのだ。
韓国はアメリカから同盟を打ち切られそうになっている。アメリカとの同盟を失った場合、韓国には「核の傘を失う」シナリオか、「北の核の傘に入る」シナリオしか残っていない。
保守や中道も核の傘が欲しいというなら、北朝鮮のそれに入るしかないのだ。彼らも「北朝鮮と共有とはいえ、核保有国になったのだから」と自分を納得させるかもしれない。
ただ、冷静に考えれば「核を持つほう」が「金があるほう」を支配するに決まっている。しかも「核を持つほう」は名うての人権蹂躙国家だ。いくら同胞といっても、そんな国に支配されて韓国人が満足するとは思えない。
韓国人はどこで道を間違って、不幸な迷路に入り込んでしまったのだろう。なぜ、アメリカから捨てられるまで無神経な外交を続けたのだろうか。