習志野市      沿革

習志野市         沿革

 

町村制の施行以来、一度も他の市町村全域との廃置分合を行っていない。千葉県内では他に鎌ケ谷市、富里市、酒々井町がある。
1889年(明治22年)4月1日 – 町村制の施行により谷津村、久々田村(現津田沼)、鷺沼村、藤崎村、大久保新田の区域を以って千葉郡津田沼村が発足。
1903年(明治36年)3月3日(6月3日) – 町制を施行し津田沼町となる。
1954年(昭和29年)
8月1日 – 津田沼町が千葉市の一部(旧幕張町北部:実籾、愛宕、安生津、長作、天戸)を編入して改称、市制を施行し習志野市となる。
8月28日 – 一部の地域(旧幕張町北部:天戸、長作の字開有富、字享保の一部を除く大部分)を千葉市に編入。
大字久々田が改称して津田沼となる。
1955年(昭和30年)9月30日 – 船橋市習志野町の一部(現東習志野)を編入。
1957年(昭和32年)12月1日 – 千葉市幕張町2丁目の一部(現花咲)、長作町の一部(現実籾)を編入。
1965年(昭和40年)9月1日 – 千葉市長作町の一部(現実籾)を編入。
1966年(昭和41年)12月27日 – 公有水面埋立地(現袖ヶ浦)を編入。
1967年(昭和42年)3月1日 – 東習志野町字新生の一部を千葉市に編入(現長作町)。千葉市幕張町2丁目の一部(現花咲)を編入。
1969年(昭和44年)
3月1日 – 千葉市幕張町2丁目の一部(現屋敷、花咲)、長作町の一部(現実籾)を編入。
10月1日 – 東習志野町字新生の一部を千葉市に編入(現長作町)。
1970年(昭和45年)5月1日 – 千葉市幕張町2丁目の一部(現屋敷、花咲)を編入。
1971年(昭和46年)5月1日 – 屋敷町の一部を千葉市に編入(現幕張町)。千葉市幕張町2丁目の一部(現花咲、本大久保、花咲)、長作町の一部(現実籾、実籾本郷)を編入。
1977年(昭和52年)12月15日 – 公有水面埋立地(現香澄、秋津、茜浜、芝園)を編入。
1980年(昭和55年)8月5日 – 公有水面埋立地(現芝園)を編入。
1981年(昭和56年)5月1日 – 谷津7丁目の一部を船橋市に編入(現前原西)。
1989年(平成元年)2月17日 – 公有水面埋立地(現香澄)を編入。
1992年(平成4年)3月3日 – 公有水面埋立地(現袖ヶ浦)を編入。現在の市域となる。