松戸市
10年に1本級の傑作はこれだ! 「このドキュメンタリーがすごい」会議
固い、真面目だけが「ドキュメンタリー」じゃない! 注目のドキュメンタリスト3人が語り合う後編は、日本のドキュメンタリーが抱える大問題、そして必見の最先端ドキュメンタリー作品について語り合っていただきました。( 前編 より続く)
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『ラーメンヘッズ』 「とみ田」店主・富田治氏 ©ネツゲン
なぜ、ラーメンをドキュメンタリー作品にしたか?
土方 大島さんがプロデュースした最新作 『ラーメンヘッズ』 は、千葉県松戸市にある日本一のラーメン屋「とみ田」を中心に、日本の「ラーメン狂」を記録した映画です。どういうきっかけで製作されたんですか?
大島 アメリカのデヴィッド・ゲルブ監督の『二郎は鮨の夢を見る』というドキュメンタリー映画があるんです。これを観たときに単純に悔しいって思ったんですよ。日本人の手で日本の食文化をきちんと撮ってみたいって。
土方 ラーメンは日本の食文化を言い尽くしていますもんね。
大島 でもラーメンですからね、もう、何の問題提起もない作品です(笑)。「沖縄で起きていることに比べたらラーメンなんて」って、思う人はたくさんいると思います。
佐々木 いや、あえてラーメンをドキュメンタリー作品にすることが重要なんですよ! そこから「日本人とは?」という問題提起も立ち上がるわけですし。「ドキュメンタリーだから大切なことを扱っているので、多少つまんなくても、テンポが悪くても、大事な問題だから我慢して見ましょう」というのは不健全。「面白い」と「ドキュメンタリー」は十分、両立すると思いますから。
10年に1本級の傑作はこれだ! 「このドキュメンタリーがすごい」会議【後編】
プロデューサーは何をすべきか?
土方 大島さんは『ラーメンヘッズ』にプロデューサーとして関わっていますが、どういう形で製作に関わったんですか?
大島 製作当初の段階から、誰に見せるか、どういう風に見せるかということは重乃康紀監督と話し合って、海外でむしろ観られるような作品にしようと方向を固めるところからでしたね。土方さんの上司になる阿武野(勝彦)さんは、どういうプロデューサーなんですか?
土方 現場にすごく敬意を払ってくれる人ですね。いつも「全員、番組を私有しろ」って言ってくれるんです。ディレクター、カメラマン、音声、照明、編集それぞれのスタッフが「自分で作った作品だ」って思えるように神経を遣ってくれています。そのために、阿武野も自分の関わり方を、その作品、チームによって変えていて、野放しにしたほうがいいと思ったらそうするし、介入したほうがいいという時は的確に指示をしてくれます。
大島 それで、最後には作品がもう一段階上に仕上がるようにしてくれるわけですよね。それは素晴らしい。
佐々木 その関係は理想的だと思います。マネジメント・管理業務のプロデューサーと、監督・演出業務のディレクターの仕事は本来、違うはずなのに、なぜかプロデューサーが上、ディレクターが下という関係性になっていたりして、いつの間にかプロデューサーが番組を作ってるような顔をすることがしばしばあったり……。
ディレクターの個性が削がれていく原因
大島 NHKの方と話していて気になるのが、プロデューサーが「自分が兵隊だった頃は」って言い方しません? 兵隊ってディレクターのことなんですけど。
土方 あの言い方、イヤですよねー。報道の現場では兵隊は記者のことを指すんです。
大島 自分が兵隊だった頃には、プロデューサーからボコボコに編集やり直しを食らって……みたいなことを、さも武勇伝のように語る人いますよね。あれ、おかしいと思うんですよ。
佐々木 わかります。ディレクターってその作品に一番責任を持っている。映画で言えば監督の立場ですよ。なのに、それをプロデューサーがいじくり倒す体制が当たり前になっている。それを少しでも変えていかないと、現場のクリエイターたちは報われないですよ。
土方 民放だとプレビュー、NHKだと試写って言いますけど、放送前にプロデューサー以上の立場の人に番組を見せる過程があるんです。NHKってその試写がすごく多いって聞くんですけど、そうなんですか?
佐々木 最低でも3回はありますね。『NHKスペシャル』みたいな大番組になるともっと多いし、チェックする人数も増える。試写が終わると「何分何秒にあったあの場面は、こうしたほうがいい」みたいな指摘がバーっと出る。その過程がクオリティを担保しているという反面、何が起きているかというと、ディレクターの個性や主観がどんどん削がれて、角の取れた番組ばかりになる、と。
大島 リスク管理や校閲的な指摘ならまだしも、個人の好みに基づく修正指示やら、あまりにもいろんなことを言われるからノイローゼになる人も多いって聞きます。ディレクター時代に『Nスペ』やってた人から、あまりにも注文が多すぎて試写中に気絶したことがあるって聞いたこともあります(笑)。
佐々木 『Nスペ』の試写を見たイギリス・BBCの人が仰天したって聞きましたよ。「ウチじゃ、あんな大人数に見せないよ」って(笑)。
ビンタのシーン、よく放送できたなって
土方 民放も同じなんですけど、ディレクターもサラリーマンの一人。上の意向を聞かざるを得ない場面が多々あるわけですが、そうなるとフラットなディスカッションで物を作る行為にはなりませんよね。
大島 制作会社とテレビ局の関係もそうですね。クライアントと下請けみたいになってしまいますから。
佐々木 上の意向を忖度するようになったりして、一体、誰の作品か、よく分からなくなっているケースも珍しくないと思いますよ。
土方 そして、誰が責任を持つのかわからない番組になっちゃって、トラブルが起きたら現場のせいにされて切られちゃう。この構造があるから、ディレクターの個性、尖ったところのない、ツッコミどころのない、理論武装したドキュメンタリーが生まれやすいんです。無難さは完璧、でも一つだけ足りないのが面白さっていう、残念な結果に陥ってしまう。
佐々木 だからこそ、土方さんの『ホームレス理事長』で監督が球児にビンタを喰らわせるシーンは、ギョッとするわけです。よく放送できたなって(笑)。
大島 プロデューサーの阿武野さんからは、このシーンについて何か言われたんですか?
土方 当初はビンタまでの何もない時間を削ってテンポよく場面が進行するようにテレビ的な編集をしていたんです。ところが、阿武野は「ここは全部流れをそのまま見せろ」と。気持ちよく見せる場面じゃない、とアドバイスしてくれたんです。もちろん、賛否両論起こることは覚悟の上です。
佐々木 本来、プロデューサーはそういった視点を与える存在であるべきですよね。さすが、阿武野さん。
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『ラーメンヘッズ』より ©ネツゲン
エンタメとドキュメンタリーは融合するか?
大島 ちょうど『ホームレス理事長』の話が出ましたが、この作品と違って、自分で言うのも変ですが『ラーメンヘッズ』はビンタのシーンのような“すごいもの”が撮れているわけではないんです。だから、この映画は見せ方の個性を出して作品化していこうと決めたんです。例えば、テレビじゃできないナレーションを作るとか。冒頭で「松戸という、これといって特徴のない街に……」って入るんですけど、これはNHKじゃ言えない(笑)。
土方 ラーメン屋の人たちが頭に巻いているハチマキについても……。
大島 「理解に苦しむハチマキを巻いて」(笑)。愛を持って、この人たち、ちょっと変でしょうということを表現していく映画にしようと思ったんです。
佐々木 いわゆる弟子を頭ごなしに怒鳴りつけるようなラーメン屋のオヤジが出てくる映画じゃないですよね。でも、監督の観察眼で富田治というカリスマ店主の底知れぬ怖さが伝わってくるシーンもあって、「見せ方の工夫」が成功していると思いました。店で働く子に「○○君、ちょっと外行ってて」と、富田さんが静かに伝えるシーンをバサッ、バサッとジャンプカットで編集している場面とか。「あの怒られ方は一番されたくないわ~」と見入ってしまいました(笑)。
土方 僕もあの場面は怖かった(笑)。
佐々木 大島さんは『ラーメンヘッズ』を“エンターテインメント・ドキュメンタリー”と表現されてもいますよね。僕はこの言い方にとても共感していて、結局ドキュメンタリーって、定義自体が曖昧ですよね。だから、最近で言えばテレビ東京の『家、ついて行ってイイですか?』とか、テレビ朝日の『陸海空』のナスDこと友寄隆英さんのお仕事とかは、バラエティの衣をつけた歴としたドキュメンタリーだと思っています。
土方 いわゆる「ドキュメント・バラエティ」は、従来のドキュメンタリーから一番遠いところにあった笑いと合体させた発明だなって思います。
大島 僕はバラエティの衣を受け取るのが、あまり得意ではないので最近のものは見てませんけど、僕の世代で言えば『電波少年』はドキュメンタリーやってる人間にとっても認めざるを得ない、特別な番組でしたね。
ナスDは体を張ったドキュメンタリストですよ
佐々木 実は、ナスDって世間が思っている以上にドキュメンタリストだと思って尊敬しているんですよ。友寄さんの初期の仕事だと思いますが、よゐこの濱口さんがゴミ屋敷を片付ける3時間ぐらいの特番があるんです。そこで、ゴミの中から出てきた炊飯器のご飯を食べるシーンがあるんですけど、あれは最初「さすがに食えない」と言っていた濱口さんに、ナスDが自ら食べて見せて、それであのシーンを撮った、という裏話が……(笑)。
土方 その頃から、すでにナスD節が(笑)。
佐々木 『陸海空』でも顔がナス色になった回ばかり話題にされがちですけど、その前にアマゾンで頭の上を銃弾が飛び交うような危険なロケもしているし、無人島企画もまず自分が現地取材してリスク管理を徹底している。体を張ったドキュメンタリストですよ、ナスDは。僕はドキュメンタリーよりもむしろバラエティをよく見るんですが、演出や番組作りの姿勢を含め、学ぶことが断然多いです。
土方 あと、テレビの仕事をしているとどうしても数字が追いかけてきますよね。お二人はどれくらい視聴率を気にしますか?
大島 昔は視聴率、けっこう獲りたかったんですけど、だんだん自分が面白いものを作れるちょうどいい数字が見えてきたんです。なんとなく6%から8%間を目標にしているんですけど、10%を超えるものを求められるとちょっと自分の手に負えない派手目の演出をしなきゃならない。自分の演出方法を抑えなきゃならなくなってくる。じゃあ、別に俺じゃなくてもいいよなって。ただ、数字は考えずに自分の表現だけを追い求めるというのは、ちょっと違うだろうとは思っています。
土方 僕も数字は取れるに越したことはないし、いろんな人に見てもらったほうがいいというのは大前提としてあります。
佐々木 僕はお気楽と思われるかもしれませんが、毎回2桁台の数字を取りたいと思って作っているんですよ。でも、生涯でまだ2桁を取ったことがない(笑)。でも、有名タレントを使わなくても、魅力的な演出や構成で視聴者を釘付けにする番組は作れると思っているんですけどね。
本日、松戸市牧の原自宅より依頼を受け、お伺い、車椅子にて
松戸市松戸 伊勢丹松戸店に行かれました。