トランプの本気に動揺した金正恩が「首脳会談中止」を恐れている
次期国務長官「極秘訪朝」の意味
米国フロリダ州で開かれた日米首脳会談で、安倍晋三首相とトランプ大統領が北朝鮮に対する「最大限の圧力」を維持することで一致した。これに対抗するように、北朝鮮はロシアとの連携を模索している。これから事態はどう動くのか。
安倍首相とトランプ大統領は4月17日(米国時間)の会談で、北朝鮮の核とミサイルについて「完全かつ検証可能で不可逆的な方法」で廃棄を目指す方針を確認した。日本人拉致問題についても、大統領は米朝首脳会談で提起する考えを明言した。
会談でもっとも注目されたのは、大統領が「極めて高いレベルによる北朝鮮との協議」を記者団に明かした部分だ。
同日付のワシントン・ポスト紙などは「ポンペオ中央情報局(CIA)長官が3月末から4月1日のイースター(復活祭)休暇にかけて極秘に訪朝し、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と協議していた」と報じた(https://www.washingtonpost.com/politics/us-china-trade-dispute-looms-over-trump-summit-with-japans-abe/2018/04/17/2c94cb02-424f-11e8-bba2-0976a82b05a2_story.html?noredirect=on&utm_term=.20bbb19f4f51)。
その後、大統領自身もツイッターでポンペオ氏の訪朝を認めた。ただ、ツイッターによれば、訪朝時期は「先週」とされている。そのうえで、大統領は「(交渉が)うまくいかなければ、強い姿勢で臨む。会談自体が開かれないこともありうる」と語った。
こうした展開をどうみるか。
そもそも首脳会談の前に事務レベルで「地ならし協議」があるのは確実、とみられていた。だが、まさかCIA長官が訪朝していたとは驚きだ。ポンペオ氏は国務長官への就任が決まっている。「対北交渉は国務省でなくCIA主導」という見方があったが、それが裏付けられた形でもある。
少し前には「米国が北朝鮮の非核化の意思を直接確認した」という報道もあった(たとえば、https://mainichi.jp/articles/20180410/ddm/007/030/160000c)。これはリークに基づく記事だったろうが、その中身がポンペオ・金正恩会談だったのだ。
いったい、ポンペオ氏と正恩氏は何を話し合ったのか。
まず、単なる首脳会談の段取り相談であるわけはない。会談自体の中止もありうる前提での話だからだ。となると、双方が核とミサイル問題について「原則的立場」を述べ合ったのは確実である。互いに初対面から譲歩するわけがない。
そのうえで、あえて言えば、私は「いまはトランプ政権が北朝鮮の言い分を押し戻している局面ではないか」と読む。なぜか。
米国から金正恩への要求の中身
まず、米紙の報道が正しいとすれば、ポンペオ・正恩会談があった4月1日から、すでに2週間以上が経過している。大統領が「先週」と書いたのは複数回、会っている可能性がある。そうだとすれば、それはトランプ政権が北朝鮮の言い分を「検討に値する」とみている証拠だ。
実際、大統領は「彼らは米国を尊敬している」などと語り、協議の進展を高く評価している。まったく話にならないのであれば、協議はとっくに終了し首脳会談は破談になっているはずだ。なぜ、検討に値すると判断したのだろうか。
金正恩氏の側からみれば、事前協議の段階で「米国が席を蹴って立ち去る」展開は絶対に避けたい。そうなったら、米国の軍事攻撃オプションが再び現実味を帯びてくるからだ。いまは「なんとしても首脳会談にこぎつけたい」のが正恩氏の本音なのだ。
そのために、本心はいざ知らず「非核化の意思」を強調する。そしてトランプ氏を会談の場に引きずり出す。それが目標である。では、金正恩氏はポンペオ氏に何を語ったのか。
先の中朝首脳会談で金正恩氏は習近平国家主席に「段階的で同時並行的な朝鮮半島の非核化」の意思を表明した。これと異なる説明をポンペオ氏にしたとは考えにくい。中国向けと米国向けで発言を使い分けたとなれば、中国が激怒するのは目に見えているからだ。
北朝鮮にとって、関係を修復したばかりの中国を怒らせてしまったら、元も子もない。
いまは、ポンペオ氏は金正恩氏から「段階的で同時並行的な朝鮮半島の非核化」という話を聞いて「それは受け入れられない」と押し返している局面だろう。トランプ氏が日米首脳会談で「会談中止もありうる」と強調したのが傍証である。大統領は北朝鮮に対して、念押しの圧力を加えているのだ。
米国はとにもかくにも、北朝鮮から「非核化」の言葉を引き出した。それは圧力路線の成果である。だから話は聞く。
問題はこの先だ。
北朝鮮が言う「朝鮮半島の非核化」には、韓国の非核化が含まれている。その先には「在韓米軍撤退」の要求がある。「段階的で同時並行的」とは、非核化を進めるごとに経済制裁の解除と経済支援を求める、という意味だろう。
これに対して、米国の立場は「完全かつ検証可能で非可逆的な非核化」である。国際原子力機関(IAEA)の査察はもとより、米国の専門家による査察も含まれるはずだ。ポンペオ氏は「まず査察を受け入れよ」と金正恩氏に告げた可能性がある。
シリア空爆に込めた「意思表示」
全体情勢に目を移せば、北朝鮮は3月25~28日、電撃的に中朝首脳会談を開いてイニシアティブ(主導権)を握ったかに見えた。北朝鮮が中国を味方に付ければ、米国は中国も敵に回す形になり、それだけ軍事攻撃オプションをとりにくくなる。
中国に続いて北朝鮮は4月10日、モスクワでロ朝外相会談を開き、ロシアと「事態の平和的解決」を目指して連携する方針で一致した。ロシアのラブロフ外相は首脳会談の可能性についても言及した。北朝鮮はロシアも味方につけようとしているのだ。
ところが4月14日、事態が再び大きく動いた。米国のシリア空爆である。
シリア空爆の理由はアサド政権が市民に化学兵器を使用したからだったが、それだけではない。北朝鮮をけん制する意味もある。ロシアの強い反対を押し切って空爆したのは「中国やロシアを味方につけても、やるときはやるぞ」という大統領の意思表示である。
「米国vs.シリア+ロシア+中国」の構図は「米国vs.北朝鮮+中国+ロシア」の構図と重なっている。シリア空爆は、ロシアに接近する北朝鮮の動きを空回りさせる形になった。金正恩氏は衝撃を受けたに違いない。これで再び、米国が主導権を取り戻した。
いま北朝鮮は米国の要求にどう答えるか、というより、どう言い逃れるか、必死に知恵を絞っているだろう。知恵が出なければ結局、首脳会談は中止に追い込まれる可能性がある。
トランプ政権は北朝鮮に和戦両様の構えを敷いている。今回の日米首脳会談はその点をはっきりさせた。