松戸市 お盆だから知ってほしい「お墓」に込められた技と心
ご先祖様を供養する、お盆。お墓参りを行い、墓石に向かって手を合わせる。その墓石には、実はさまざまな職人たちの技術と思いが込められている。8月12日(日)に放送した「ゲンバビト」(CBCテレビ製作/TBS系列28局ネット)では、普段目にすることのないお墓ができるまでのゲンバに密着した。
巨石を墓石に変える男
巨石を墓石に変える男
福島県・田村市。ここに、採石から販売まで一貫して手がける総合石材企業『株式会社フクイシ』の所有する採石場がある。日本で採れる石の種類は、およそ80。福島県は、そのうち20種類ほどが採石される一大産地だ。なかでも、ここでしか採れない石が、深山(みやま)ふぶき。格調高く、青みがかった表面をしている。石を切り出す方法の1つは、火薬で粉砕する発破。発破の後は切り出した石に穴を開け、そこにクサビを打ち込み真っ二つにしていく。その重さは約7t。それをトラックに積み込み出荷を行う。トラックも揺れるほどの巨石。この石が、これから墓石へと姿を変えていく。
お墓づくりのゲンバを統括するのは、工場長の斎藤善一さん。斎藤さんによると、墓石完成までの行程は大きく分けて4つ。その1つ目が『切る』行程。お墓は、石碑・上台・香炉など、いくつかのパーツに分かれている。そのため、まずはそれぞれの大きさに、石を切り分けなければならない。使うのは、直径2.6mほどの巨大な切削機。固い石を切るため、先端にはダイヤモンドのチップが付いている。石が焼けないよう常に水を噴射しながら、大きな歯が回転して石を切っていく。かかる時間は、およそ2時間。
「石に限りはあるが良いものしか出せない。テトリスと同じで、上手く組めば、効率よく採れる」
2つ目は『削る』行程。お墓には、なめらかなカーブがよく使われている。そのカーブを作るために、まず機械で石に段差を作り、そこをグラインダーで削っていく。角が少しでも欠けてしまうと製品にならないため、繊細な作業が必要だ。しばらくすると、見事な職人技によって鋭かった角に美しいカーブが生まれた。
3つ目の行程は『磨き』。表面の美しいツヤは、良いお墓の条件。これを生み出すのが、キャリア20年以上の横田さん。『エアポリッシャー』という研磨機を使って、お線香を立てる香炉を磨きあげていく。
「(磨きで)仕上がりが決まる」
ひと通り磨いたら、エアーで瞬時に乾かし表面の凹凸をチェック。
「くすんでいるところをもう一回磨く」
そう言って、ヤスリの目を変えながら、納得いくまで何度も磨きの作業を繰り返していく横田さん。妥協のない作業で、ついに墓石のベースが完成。表面には、鏡のように美しいツヤが生まれていた。
最後は、お墓に文字を刻む『文字彫り』の行程。フクイシの工房『ファントーニ石掘工房 匠の森』で、その作業を拝見した。まずは、彫る文字をゴムシートに印刷。それを墓石に貼り、文字の部分を切り抜く。文字を彫るため使うのは、ホースの先に細いノズルがついた機械。刃で文字を彫るのではなく、『鉄砂(てっしゃ)』と呼ばれる砂の粒をノズルから高圧で噴射して削っていくのだそう。粒が飛び散らないように、まずは石を大きな箱状の機械の中へ。箱には穴が空いており、その中に手を入れて作業を行う。作業するのは、この道18年の柳沼さん。小さな窓をのぞきながら、文字をなぞるように鉄砂を当てていく。
「失敗はできないので、緊張感を持って彫りますね」
しばらくすると、徐々に表面に凹凸ができてきた。開始から30分で、1文字目が完成。その後も慎重な作業を繰り返して全ての文字を彫り終えた。見事な仕上がり。完成した文字をよく見ると、書道のトメやハネの筆圧までもが異なる彫りの深さで表現されていた。
そして、完成したお墓の検品。最終チェックは、工場長・斎藤さんの仕事だ。
「加工指示どおり製品が仕上がっているか、欠けがないかをチェックして出します」
こうして、山から切り出した巨大な石が、さまざまな職人の手を渡り、美しい墓石へと姿を変えた。お墓づくりのゲンバ。そこには、1つのお墓のために、磨き抜いた技を尽くす職人たちの姿があった。
故人への思いをつなぐ男
千葉県松戸市にある『井比石材工業』。代表取締役の井比宏育さんは、職人が作り上げたお墓を施工する墓石設置会社のゲンバビト。職人歴32年。これまでに設置したお墓の数は約10万基という職人中の職人だ。今回は井比さんの仕事に同行し、普段めったに目にすることのないお墓設置のゲンバに密着する。
午前7時。お墓設置のため、千葉県四街道市へ向かう井比さん。依頼は月200件ほどあり、特に集中するのが、お盆やお彼岸前の時期だそう。車を走らせること1時間弱で、ゲンバに到着。この日は井比さんを含めて3名で作業。4平米の土地にお墓を設置する。作業の前に、まずは朝礼。
「東京盆の入り。お墓参りの方が多く来られると思いますので、近くでやられていたら作業中止」
墓地や霊園。そこは聖域。仕事には、お墓に納められる故人への敬意が欠かせないという。
今回設置するのは、最近増えているという洋型のお墓。中央に納骨スペースがあり、その周りに墓石を立てていく。まずはクレーンで石材を設置場所に運搬。石材は壊れやすいため、クレーンでの作業も慎重に行われる。運び終えたら、お墓の両側に設置する石の取り付け。底の部分には『合口(あいくち)加工』といわれる溝のような加工が施されおり、溝の中までモルタルが入り込むことでズレにくくなるという。
「(この加工を)すっ飛ばしちゃう方もいらっしゃる。この業界は基準がないので、加工が入ってなければゲンバでやります」
実は、お墓の設置には、定められた基準がない。そのため、設置業者によって建て方もさまざまで、仕上がりにも差があるという。また、井比さんたちの作業にはお墓が倒れないための工夫も見られた。アンカーボルトでズレを防いでから、石と石の間を注意深く接着。そこに、一切の妥協はない。
「社員には、自分の家のお墓を建てるつもりで造れと言っている。それが僕ら職人の使命」
使命を持ってお墓を建てる。その裏には、井比さんが仕事をはじめた頃のエピソードがある。中学を卒業後、軽い気持ちで職人になったという井比さんは、17歳の頃訪れたゲンバで、職人仲間と下世話な話で盛り上がっていた。大笑いをしながら作業をしていると、近くでお墓参りをしていた施主の女性に、もの凄い剣幕で叱られたという。
「そのときに僕は、この仕事の意味を知ることができた。この仕事を一生続けていこうって」
それから30年近く。今でもその日のことを鮮明に覚えているという。
作業開始から5時間。この日の最高気温は33度。しかし、石の照り返しが強く、実際の温度はそれよりもはるかに高い。玉のような汗をかきながら黙々と作業をする井比さんたち。ときには温度計が50度を指すこともあり、触れないほど石材が熱くなったり、ヤケドをすることもあるという。休憩をはさみながら作業を続け、ようやく暮石を設置する段階へ。使うのは、強力な接着剤。これは、阪神淡路大震災以降、主流となった方式なのだそう。そして、ついに墓石が置かれた。これで完成かと思いきや、最後の仕事があるという。それが、納骨室の掃除。納骨室のフタを開け、ほうきできれいに掃いたあと、拭き掃除を行う井比さん。
「ここはね、一番肝心な所。亡くなられた方と残された方の会話する場所を造らせてもらっている」
さらに、靴を脱いでお墓全体を丁寧に拭きあげる。こうして、作業開始から8時間。一基のお墓を建て終えた。細やかな心配りと職人としての誇り。それらを胸に、井比さんは亡き人との思いをつなぐ場所を作り続ける。