市川市
物流ベンチャーのGROUND、アマゾンの弱点を突く「ロボット×AI」プラットフォーム戦略
物流倉庫用のロボット「Butler(バトラー)」を国内展開しているGROUND社。同社が推進するオリジナルコンセプト「Intelligent Logistics(インテリジェント・ロジスティクス)」の中核はロボットとAIの活用にある。同社のプラットフォーム戦略を知ることは、今後のユーザー目線でのロボット活用のあり方を考えることそのものである。
●物流プラットフォーム・ベンチャー、GROUNDとは
Eコマース向け物流ベンチャーのGROUNDが、ロボットソリューション、物流オペレーションの研究・開発を行うR&Dセンター『playGROUND(プレイグラウンド)』を設立した。
GROUNDは2015年4月に設立された会社で、BITS Pilani大学の学生二人によって2011年に設立されたインド・GreyOrange社が開発した物流倉庫用のロボット「Butler(バトラー)」を、2016年から国内展開していることで知られている。
「Butler」は専用の可搬式棚を持ち上げてピックアップ/棚入れ作業者のいるステーションまで運んでくるタイプの自動搬送ロボットだ。Butlerを使ったシステムは2017年1月にニトリに導入されたのち、展開が続いている。
GROUNDがこれまでに契約したButlerは合計226台。ニトリの西日本通販発送センターに79台、大和ハウス工業「DPL市川」に39台、来年春以降には機械工具卸売商社大手のトラスコ中山の物流センター「プラネット埼玉」に73台、それ以外に非公開の施設がある。
今回は『playGROUND』を見せてもらい、GROUND代表取締役社長の宮田啓友氏と、同プロジェクトマネジメント室室長の池上裕亮氏に話を伺った。
『playGROUND』は、大和ハウス工業が千葉県市川市に2016年に開発したマルチテナント型物流施設「DPL市川」の「Intelligent Logistics Center PROTO」内にある。筆者が訪問した2018年8月末には、『playGROUND』には倉庫を想定した棚が置かれており、自律型協働ロボットと人を組み合わせたピッキングソリューションの開発・検証が行われている最中だった。
棚には100円ショップなどで購入したという日用品が、棚からはみ出すなど、わざと無造作に置かれていた。実際の倉庫に近い状況を想定してテストを行っているからだと池上氏が教えてくれた。場所が物流倉庫なので、廃棄になった商品なども転用して使っているそうだ。
GROUND社は2018年8月23日に中国のロボット企業HIT ROBOT GROUP(HRG)との協業を発表している。2社で中国における物流技術の共同実証や物流プラットフォームの構築を目指す。『playGROUND』でテスト中だったのもHRG製のロボットだった。
サイズは高さ127.5㎝、幅47.1㎝(土台部分)、奥行は48.5㎝。GROUND用にデザインされたもので、棚の間を自律移動し、ピッキングする人をサポートする。
ロボットにはタブレットと棚が二つ設けられており、人は棚に指定された物品を入れていく。走行速度は最大1.5m/秒、ペイロードは最大60kg。連続稼働時間は8時間。充電時間は2時間。ロボットは人間一人あたり3台程度を配置し、人はあまり歩き回らなくてもいいようにする。ロボットそれぞれの動きはAIで管理される。
なお、今回見せてもらったロボットはあくまでプロトタイプで、スペックは変わる可能性が高い。
●物流ロボットは2種類、GTPとAMR
「物流ロボットには大きく分けて、人のところまで荷物を持って来る『GTP(Goods-to-Person)』と、人と一緒に働く『AMR(Autonomous Mobile Robot)』の2種類がある」と宮田氏は語る。
『playGROUND』でテスト中だったロボットはAMRタイプだ。Amazon RoboticsのKiva Systems(現Amazon Robotics)や、GROUNDが国内展開している「Butler」、中国の「Geek+」、オカムラ(旧・岡村製作所)が扱っているノルウェーの「オートストア」などはGTPタイプである。
GTPタイプは大きな省人化効果を発揮するロボットシステムだが、メリットを出すためにはある程度の規模を必要とするし、倉庫内レイアウトの変更やオペレーション再構築が必要で、初期投資も大きくなる。
いっぽう、AMRタイプのロボットは従来型の既存の倉庫に入れて、初期費用を抑えながら既存のオペレーションを生かして効率化・省人化を進めるためのソリューションという位置付けだ。投資対効果で使い分けることになる。
池上氏は「完全無人化は難しい。無人化よりも協業型で、もっと人が働きやすい環境を求められることもある。クライアントさんが求める事業環境によって変わって来ると思う」と語る。どんなふうに顧客事業にフィットしたかたちでオペレーションを展開していけるかが重要だという。
GROUNDというとButlerのイメージが強かったが、宮田氏らは、今後はAMRタイプ、いわゆる協働ロボット型の活用が物流分野でも大きく伸びると見ている。生産性は2、3倍程度にとどまるものの、数台から使い始められ、手軽かつ簡単に導入できるからだ。
もちろん、GTPタイプとAMRタイプは互いに食い合うわけではなく、需要波動によって使い分けられるものだ。需要波動が大きいものはAMRと人、ある程度安定的に売れるものはGTPタイプを使う。自動倉庫なども同じだ。「重要なことはバランス。いかに細かく組み合わせていくのかが大事です」(宮田氏)。
GROUNDではAMR型ロボットを「Butler」、そして2013年に創業された米国のベンチャーSoft Robotics社のピッキング用ソリューション「SuperPick」に続くハードウェアとして、2020年3月までに国内市場への提供を目指している。
取材に伺った時間はすでに業務終了時間に近かったが、「playGROUND」の外の「Intelligent Logistics Center PROTO」の実際の倉庫では、まだButlerが稼働していた。
●アマゾンのKiva買収に始まる物流ロボット開発競争と、GROUND創業
GROUNDはロボットや設備ハードウェアで勝負する企業ではなく、あくまでAIとオペレーションによって「物流プラットフォーム」の提供を目指す会社だ。同社が「Intelligent Logistics(インテリジェント・ロジスティクス)」と呼んで提唱しているオリジナルコンセプトを実現するため、物流領域におけるプラットフォーム構築を目指している。ロボットはそのための要素技術の一つだ。
ロボットと並ぶ中核技術が、自社開発しているAI物流ソフトウェア『DyAS(ディアス)』である。在庫・リソースなどを分析・解析して最適配分を計算。物流オペレーションを最適化するソフトウェアである。GROUNDの従業員数は40名弱(2018年8月現在)。うち、13名がエンジニアだ。
宮田氏はアスクルと楽天、それぞれで物流事業の責任者を経たのち、2015年4月にGROUNDを創業した。ここでいったん、宮田氏の経歴と重ね合わせつつ、近年の物流ロボット業界の流れをおさらいしておこう。中心はアマゾンである。
宮田氏は楽天時代の2010年に、アマゾンが2012年に7億7500万ドルで買収する前のKivaSystems(2003年創業)のロボットを見るために、アメリカのボストンに拠点を置いていた物流受託会社 Quiet Logistics社を訪問していた。
アマゾン買収前は、Kivaのロボットは21社に提供されていた。そのうちの一つがQuiet Logistics社で、同社は物流倉庫を管理する独自のウェアハウス・マネジメント・ソフトウェアとロボットを使って事業を行っていた。Quiet Logistics社では200台のKivaロボットが3種類のブランドを混在させて扱っていた。宮田氏は「これはすごい、日本でも普及するに違いない」と考えたと当時を振り返る。
その後、2012年にアマゾンは破格の金額でKivaを買収。当時、Kivaの市場価格は50億円程度だと考えられていたそうなので、それと比較すると、7億7500万ドルという金額がいかに破格かわかる。
アマゾンがKivaを買収したことで何が起こったかというと、Kivaのユーザーには、契約を更新しないことと、将来的に現在動いているロボットも使えなくなるという通達がなされた。つまりその結果、Kivaユーザーはロボットを使うのを諦めて元どおり人手でやるか、自分たちで新しいロボットを作るかしかなくなってしまったのである。
ちなみにQuiet Logistics社の創業者のブルース・ウェルティ(Bruce Welty)氏と、Kivaの創業者ミック・マウンツ(Mick Mountz)氏とは以前からの友人で、ウェルティ氏はKivaへの出資者の一人でもあったそうだ。そうしてQuiet Logistics社は、ロボットを使って差別化した物流受託サービスを提供してきた。
ところが、アマゾンの買収によって、それができなくなってしまったわけだ。なお関係者によると、アマゾン買収後3カ月間は何の通知もなく、その後いきなり、ロボットの供給を止める、さらに2019年にはソフトウェアの供給も止めるという通達が来たそうである。
有用なロボットの恐ろしいところは「ポイント・オブ・ノーリターン」だということだ。つまり一度使い始めると、もう「ロボットを使わない」という選択肢はなくなってしまう。ブルース・ウェルティ氏はLocus Roboticsという物流ロボットを使う新しい会社を立ち上げた。
宮田氏は「彼(ウェルティ氏)は4年近くKivaを使い倒して、ロボットの良いところも悪いところも現場で使って知っていた。なので、もっと良いものが作れると判断したわけです」と解説する。宮田氏は当時、同社のロボットを世界で一緒に拡販していかないかと誘われたそうである。
その後の経緯は諸般の事情により省略するが、2015年に宮田氏は独自にGROUNDを創業するに至ったという次第だ。ご存じのとおり、eコマースは今もなお成長中だが、物流受託業のコストの多くを構成する人件費が高騰しており、人手も圧倒的に不足している。
テクノロジーによる問題解決が必要であり、アマゾンその他は物流に多大な投資を続けている。Kivaのロボットもすでに10万台が稼働しており、おおよそ130カ所あるとされているアマゾンの物流施設の、ほぼ全てで使われている。最新物流施設ではなんと、おおよそ6000台のロボットが使われているという。日本では考えられない規模だ。「我々が2017年にニトリに導入したのは、約80台。規模もスピード感もまったく違います」(宮田氏)
アマゾンがKivaを運用している様子を動画で見るだけでも、オペレーションのレベルの差がわかるという。ちなみにアマゾンのロボットは製造から検品、そして出荷に至るまで、完全に無人化された状況で製造されているそうだ。日本は大幅に後れを取っている。
なお、宮田氏がButlerに目をつけた最初のきっかけは、本当にたまたまだったそうだ。偶然、MITの学生たちとランチをとる機会があったときにインドでGreyOrangeを立ち上げたばかりの関係メンバーがいたのだという。程なくGreyOrange側とSkypeで話をし、インドに0泊で出向いた。最初に見たときから出来栄えがよかったという。
●ソフトウェアが常にハードウェアを進化させ得る設計になっているか
「ロボットのハードウェア自体はコモディティ化している」と語る宮田氏は、ユーザーが見るべきところは「裏側でロボットをオペレーションするソフトウェアの完成度、あるいは開発ロードマップがどれだけ具体的で、進化していくものになっていくのか、ここをきちんと見極めることが重要だ」と強調する。
たとえばスマートフォンや、自動車のテスラは、ソフトウェアを更新していくことで、ハードウェアそのものは同じであっても、ワイヤレスアップデートによって機能がどんどん進化していく。そういう意味だ。「重要なことは、いかにロボットの性能がどんどん上がっていくような設計になっていくかが重要です。ソフトウェアが常にハードウェアを進化させる設計になっているかどうかです」。
●アマゾン唯一の弱点は?
今後、物流業界は陣営化、寡占化が進んでいくと宮田氏は見ている。国や業界、老舗かベンチャーかといった垣根を越えて企業が連携し、プラットフォームが作られていくという。一社だけでなんとかするのは無理になっているからだ。
いっぽう、宮田氏が強調したのは「ロボットのような資産を購入して所有する時代ではなくなりつつある」ということだ。たとえば15億円でマテハンソリューションの何かを購入して、10年くらいで償却するとしよう。2018年からだと2028年だ。だが今の時代の速度から考えると、減価償却するときには、すでにまったく違うリソースを使うような時代になっている可能性が高いという。そうなると「資産を持つこと自体がリスクになる」。
そしてこれが、巨大なアマゾンの「唯一の弱点」だと宮田氏は考えている。「アマゾンの物流は本当に進んでいます。末恐ろしいです。ですが唯一弱点があって、彼らは資産を保有しているんです。彼らは800億円をかけてKivaを買収したので投資が見合うまで使い続けようとしている。それはリスクです。すでにKivaもButlerも若干、時代遅れになりつつありますし、中国は非常に安く、しかも良いものを作っている。新しく、もっと手軽に活用できるロボットは今後も増えるでしょう。だけどアマゾンはKivaを使い続けています」
宮田氏はロボットをユーザーが持つのではなく「ロボットを利用できる環境」を作ろうとしている。ユーザーは必要に応じて必要なぶんだけ使い、使ったぶんだけコストを負担する。いわゆるRobot as a service(RaaS)型のビジネスだ。そしてロボットが陳腐化したら、それでもまだ十分だという地方業者や国外に流していく。「そういう時代になる。そういう使い方をしていかないかぎりアマゾンと戦えない。購入する時代から利用する時代になっているんです」。
●ロボットとAIを組み合わせ全体最適化を図る
そうした背景のなか、GROUNDが目指しているのが「Intelligent Logistics」だ。ロボットなど技術を使って、人手に頼らず最速・最適な省人化された物流環境を提供する。機材はリースモデルでGROUNDらが常に最新のものを提供する。アマゾンは垂直統合型のプラットフォーマーだが、それに対してオープン型エコシステムで実現したいと考えている。
GROUNDは事業戦略を3段階に分けている。第1段階が物流ロボットとAIによる装置産業化だ。そのための最初のソリューションがGreyOrageの「Butler」であり、他のロボットハードウェアだった。これによって、まずはロボットを使う物流をユーザーに体感してもらう。そして前述のポイントオブノーリターン、すなわち「戻れない環境」の最初のベースを作る。これが2015年から2018年に至る最初の3年間だったという。
第2段階で目指すのは「物流資産の流動化」である。物流ソリューションとリソースを利用できる環境を提供することで、たとえば、今まではスポット派遣会社などから人を派遣してもらうことで物流需要の波動を吸収していたのに対して、ロボットを使う。ユーザーは必要に応じてロボットの台数を増やして運用する。
たとえば、2Fと3Fでロボットと人が作業している現場があるとしよう。今日は2Fでの作業が多いということがフロアの稼働状況からわかったら、システムが自動的に3Fから2Fへとロボットを移動させて、最適なリソースアロケーション(資源配分)を行う。
これを可能にするのがGROUNDが自社開発している物流ソフトウェア「DyAS(Dynamic Allocation System)」である。「DyAS」は4つの機能を持つ予定で開発されている。1)拠点間在庫最適化(DLA)、2)拠点内在庫配置最適化(DIA)、3)リソース配分最適化(DRA)、4)シナリオ・プランニング(SP)だ。
この4モジュールに加えて可視化ツール「Intelligent Eye」から構成されており、在庫情報や受注・出荷情報、調達・入荷情報などの内部データと、SNSや天候、店舗やオンラインストアからの需要動向情報などの外部データを解析し、物流倉庫の最適な在庫配置とリソース配分を可視化する。それによって物流センターを最適化するソリューションだ。
ロボットはあくまで作業者の補助・リプレースにしかならない。宮田氏は「物流現場を実際経験している立場からすると、管理者こそが重要」と強調する。その管理者の判断を代行し、人間以上に最適化するのが「DyAS」というわけだ。
「ロボットだけでは最適な物流環境は作れない。ロボットとAIを組み合わせて、初めて全体最適化ができる」と語る。なお、単純に最適解を求めようとすると数理的に組み合わせ爆発を起こしてしまうので、DyASは近似解を求めることで計算を高速化しようとしている。
ロボットとAIの組み合わせを一つの基盤として、しかも売り切り型ではなく「利用できる環境」として作り上げていく。これが「Intelligent Logistics」の要になるのだという。
●オープンなエコシステムを作れるか
宮田氏は「我々のプラットフォームを使うことで最適な物流運営ができるようなエコシステムを作る。こういったことを視野に入れているプレイヤーは世界的に見てもほとんどいない」と胸を張る。「全体のソリューションをプラットフォームとして提供しながら、ソリューション自体も開発している企業は珍しい。あとはどれだけやり切れるか」だという。
オープンなエコシステムを作れるかどうかには、いくつもの課題がある。そのなかでも大きな課題の一つが、データの規格化や一元化にあることは誰の目にも明らかだ。GROUNDでもデータの規格化に関して取り組もうとしている。
「我々一社ではできません。ただ、アマゾンに追いつくことができるようなプレイヤーは日本、海外にもいます。そこと組んで、どれだけひっくり返していけるか。ですから陣営化なんです。アマゾンは全てを自社で保有してしまっていますが、そこでいかに差別化して、ネットワークを作っていけるかです」(宮田氏)。
垂直統合に対して、企業間、業界間を超えたシェアリングで、リソースを流動化させ、最適化する。どこまでやり切って、いけるのか—-。GROUNDの挑戦に期待している。