積年の防衛費減が招く日米同盟の危機

積年の防衛費減が招く日米同盟の危機

9/20(木) 17:00配信

政府は今年末をめどに「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」を改訂する。前回の改訂から5年。この間に北朝鮮は核・ミサイルの開発を大幅に前進させた。トランプ政権が誕生し、米国の安全保障政策は内向きの度合いを強める。

改訂に当たって我々は何を考えるべきなのか。海上自衛隊で自衛艦隊司令官を務めた香田洋二氏に聞いた。同氏は、安全保障に費やす予算とヒトが足りない現状を懸念する。今回は後編だ。

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重視している2つ目は何ですか。

香田:予算と人員の問題です。これは自衛隊が抱える慢性病のようなものです。予算と人員には相場観があります。安全保障と防衛はあまり票になることはないので、政治家は発言しない、といわれています。また、自衛隊も長年の予算などの固定された相場観と一部を除く政治家の消極的な姿勢のため、現状変更をあきらめ、自らの立場を強く主張しなくなっています。

防衛費は1998年を起点に、安倍政権が成立する2012年まで毎年0.5~1%ずつ減少してきました。これを防衛力整備の氷河期と呼ぶ人もいます。ボクシングでいえば、これがボディーブローのように効いています。安倍政権になって毎年200億円程度増えています。それはそれでありがたいことですが、今の状況はボティブローで消耗しきった選手が、一時的にコーナーで休んでいるようなものです。

この間にも装備は劣化します。防衛力整備が最盛期に達した冷戦時代後期にそろえた“遺産”で食べているのが自衛隊の現状です。例えば陸上自衛隊が保有する戦闘ヘリですが、かつては当時の最新機種であるAH-1を80機保有していましたが、それらの除籍は進むものの、その穴を埋める新型装備はアパッチ(AH-64D)が13機のみです。戦車の数も600両を300両に減らす計画が進んでいます。

航空自衛隊の戦闘機F-15は1981年の運用開始以後35年超が経過しています。親子でF-15のパイロットを務めた隊員もいるほどです。80年代は毎年10機以上のペースで増やしていましたが、計画数213機の整備を終わった途端に新規生産はピタっと止っています。もちろん200機を擁する規模は米空軍に次ぐと共にアジアでは第一級です。この間、各種の改修をして能力の維持も図っています。けれども十分とは言えない。戦闘機はF-4に代えて今年からF-35が入りますが、当面の計画はわずか42機です*1。

*1:米ロッキード・マーチンが開発したステルス戦闘機。自衛隊は42機を導入する計画。最初の4機を除く、38機が日本の工場で組み立てられる

海上自衛隊の護衛艦も同様です。80~90年代は10年間に20隻のペースで建造することができました。最近は20年間で18隻です。1年あたり1隻にもなりません。固定翼哨戒機(P-3)は70~80年代は毎年10機程度生産しましたが、今のP-1は7年かけて23機で、毎年、約3機です。

各自衛隊の防衛力整備は90年代の初頭で止まってしまったようなものです。日本が防衛費を14年間にわたって減らす中、中国は年2けた増で増やし続けてきたのです。相対的に見れば、日本の防衛力は著しく落ちていると言わざるを得ません。

ドナルド・トランプ米大統領がNATO加盟国に対して、防衛費をGDP(国内総生産)比2%に増やすよう求めています。日本にとっても他人事ではありません。しかし、未だにGNP(国民総生産)1%枠という亡霊に縛られて真剣な議論がなされていないように思われます。今日では何の意味もないその殻を破る論議こそ、今必要なことと考えます。

これでよいのでしょうか。安倍政権になって以降、防衛予算は増加に転じていますが、防衛力整備氷河期に失ったものはあまりにも大きいといえます。抜本的な防衛予算の増加がない限り、自衛隊の態勢はジリ貧にならざるを得ないのです。我が国を守り、米軍の来援を支援するという使命を果たすに当たって、今のままでは確実に自衛隊の能力に欠損が生じます。精神論でいえば、予算は1円でも増やす必要があることは当然ですが、かつて10年間にわたり海上自衛隊の防衛力整備にかかわった経験から言えば、精神論ではない現実論で言えば数千億円規模の増額が必要でしょう。

GNP比1%の枠は現実的ではないわけですね。

香田:国防費の額をGDPとの比率で決めるのは、そもそも健全な考え方とは言えないかもしれません。

経済が成長しなければ、外国の脅威が増しても、対処できないことになりますね。

香田:その通りです。この先、大胆な予算投入が必要になるでしょう。そうでないと、米国と米軍からの信頼が崩れることになります。日米安全保障体制が危機に直面する。自衛隊と米軍は日米同盟の両輪です。自衛隊が小さくなれば、このクルマは半径の小さくなった自衛隊という内側車輪を軸にして、その場で回転するだけで、前に進めなくなってしまうのです。

●お金でヒトは集まらない

予算とともに、人員を懸念されています。

香田:はい。自衛隊の充足率とは別の、実際の新隊員の募集状況は陸上自衛隊と航空自衛隊が約90%、海上自衛隊が60%程度という状態と聞いています。これはまさに危機的状態であり、防衛省と自衛隊だけで解決できる問題ではありません。国を挙げて取り組む必要があります。

任務は増えているのに、人は増えていません。海上自衛隊は潜水艦を16隻から22隻に増やす計画です。しかし、この増える分の要員増は手配されていません。陸上自衛隊もぎりぎりの人数しかいないにもかかわらず、災害対応がのべつまくなしの状態にあります。本業である戦闘部隊としての錬成訓練をしている時間さえ取れないのが実情でしょう。任務が増えた分に対応して定員を増やそうとすると、まず、防衛省の内局、次いで総務省や財務省との厳しい折衝が必要で、結果として認められることは「まず」ありません。

定員を増やしても、それを満たす募集が難しい。

香田:そうなのです。

募集を増やすには、給料を上げるのが効果的でしょうか。

香田:今の時代は、お金ではだめです。

若者は皆が休んでいるときに一緒に休みたい。海上自衛隊の場合、1カ月の海上勤務があると、土曜・日曜が8日間つぶれます。これが嫌なのです。海上では携帯電話も通じず、インターネットもつながりません。

もちろん代休制度はあります。しかし、そうすると、艦が港にいるあいだは代休だらけになりかねません。港にいる間もメンテナンスや訓練が必要です。これらの作業のスケジュールが極めて窮屈な状態になり、結果的に海上自衛隊の任務達成能力(練度)が低下するのです。

また、女性自衛官を増やすという施策があります。これは重要なことであり、必要なことでもあります。しかし現実にはいろいろ問題が生じます。例えば、規模の小さな駐屯地で、厚生労働省が求める基準を満たす託児所を作るのは容易ではない。これも、防衛省と自衛隊だけの自己完結型の努力による解決には限界があり、関係省庁横断的な政府を挙げた対策が必要です。

募集も、自衛隊だけでやるのは限界に達しています。経団連の中西宏明会長が9月3日、大卒者の採用に関する指針を廃止すべきとの考えを示しました。自衛隊にも大卒の人が入隊します。また、高校生の就職活動も同様で、何らかの措置が必要です。このような自衛官の募集環境改善についての議論はなかなかしてもらえないのです。ここを何とかしないと、防衛大綱でいくら「きれいなこと」を言っても、自衛隊の能力向上は人の面で実効が上がりません。

別の例ですが、自衛隊は、テレビに広告を出して隊員を募集することもできません。米国に行って見てみてください。テレビでこんな映像の広告が流れています。「輸送機C130から空挺団がパラシュートで降りていく。しばらくすると、隊員がコーヒーを飲んでくつろいでいる」。日が昇る前に訓練を済ませ、朝のうまいコーヒーを飲んでいるのです。--そこで米軍コマーシャルの「We are ready. We are proud of my service. We serve for the United States of America.」(我々は何時、いかなる時にも任務に就けます。我々は軍務に誇りを持っています。我々はアメリカ合衆国に奉仕するのです)というテロップが出るという具合です。

加えて、若い男子が必要なのが実情です。いま、自衛官候補生の年齢上限を27歳から32歳に引き上げる予定になっています。女性自衛官の登用も進んでいます。

しかし、大砲を担いで山道を登る若い男性隊員が集まらない。

香田:そういうことです。人員の問題への取り組みが、中央の辻褄合わせで終わってしまっているのです。実効性のあるアイデアは自衛隊が出すとしても、政府としての自衛官募集への取り組みが必要です。

●米軍では託児学修士が部隊の託児所長

女性自衛官の登用はどんな状況ですか。

香田:戦闘職種を含めて、女性の登用を進めている、というか、それはやらなければいけないことです。この時に大事なのは、やはり子育てができる環境を整えることです。そうでないと、せっかく教育と訓練を施し磨き上げた女性自衛官が職種転換を求めるようになってしまいます。その時に自衛隊は「家庭を犠牲にしろ」とは決して言えませんし、言ってはなりません。不十分な勤務環境による家庭や育児の負担増を理由に仕事を忌避する人を出してはいけないのです。

女性が働き続けるのは一般企業でも必ずしも容易ではありません。何か良い手はありますか。

香田:例えば、母親が急な任務で長期間自宅を空けるような場合に、専属のベビーシッターを長期で利用できる補助制度など、知恵を出す必要があります。子供が成長したら、全寮制の高校に入学できるよう奨学金制度を創設する――などでしょうか。

米海軍では、制服*2の現役が30万人なのに対して非制服*3が20万人います。非制服組の中には、部隊に併設している託児所の所長などがいます。私の息子が通った、ある基地の保育所の園長先生は託児学の修士号を持っている女性でした。

*2:戦闘員のこと *3:非戦闘員のこと

人員の層の厚さが日米でこれほど異なるのですね。

特効薬はありません。しかし、議論し、その結果を現実の施策として実現していかなければなりません。

●日本の「盾」と米軍の「矛」をきちんとかみ合わせる

香田:考えるべき3つめの問題は、自衛隊と米軍の間で戦略を整合させることです。中国が米軍の来援を阻止すべくA2AD戦略*4を進めています。これに対して、日米でどのように対応するのか、に関する戦略の整合です。

*4:Anti Access, Area Denial(接近阻止・領域拒否)の略。中国にとって「聖域」である第2列島線内の海域に空母を中心とする米軍をアクセスさせないようにする戦略。これを実現すべく、弾道ミサイルや巡航ミサイル、潜水艦、爆撃機の能力を向上させている。第1列島線は東シナ海から台湾を経て南シナ海にかかるライン。第2列島線は、伊豆諸島からグアムを経てパプアニューギニアに至るラインを指す

これは「言うは易く行うは難し」の取り組みです。日本は盾を考え、米国は「たたくこと」を考えている。これは、軍事作戦上はまるで別物です。現状は、盾と矛を組み合わせて真に機能する日米同盟の軍事力運用体制になっているでしょうか。

2015年4月にまとめられた「日米防衛協力のための指針」(いわゆるガイドライン)で同盟調整メカニズム(ACM)を設置することになりました。これは本当に機能しているでしょうか。担当者に聞けば「やっています」「できています」と答えるでしょう。しかし、米軍の友人の話では実態のほどはあやしい。

例えば、「盾と矛」の関係において日本は敵基地攻撃を米国に委ねています。「いつ、どこを攻撃してほしい」と誰が誰に伝えるのでしょう。安倍首相がトランプ大統領にいうのでしょうか。それとも、河野太郎外相がマイク・ポンペオ国務長官に伝えるのか。あるいは、河野克俊・統合幕僚長がジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長に、でしょうか。

NATOはそういった調整が十分にできているのでしょうか。

香田:できています。日米の関係とは異なり、一人の総司令の下で、集団的自衛権を行使する、多国籍ではあるものの単一のNATO部隊として切りあいに臨むのです。日本は、憲法のしばりがあり、今次の平和安保法制の下でも集団的自衛権は限定的にしか行使ができないので、同一司令官の下で米軍とともに一体化した戦闘を行うことはありません。

東日本大震災の時に設置した統合任務部隊(JTF)*5を常設にすると、少なくとも自衛隊と米軍の間で有効な調整・協力ができるようになりますか(関連記事「『日本は北東アジア防衛の最前線に立たされる』」)。

*5:陸上自衛隊(以下、陸自)の君塚栄治・東北方面総監(当時)がJTF東北の司令官となり、その下に海上自衛隊の横須賀地方総監と航空自衛隊の航空総隊司令官が加わる形をとった

香田:あったほうがよいでしょう。しかし、「統合」とはいかなるものかをよく考える必要があります。国軍司令官を設置して、陸・海・空の自衛隊を束ねる常設の統合部隊を作っても、常に、それぞれが同じ場所にいて、同じ任務を協力して進めるわけでありません。

例えば、我が国の有事において陸上自衛隊は、航空自衛隊のエアーカバーの下で、島嶼の防衛・奪還に取り組む。先ほどお話ししたように、これに米軍を巻き込むようなことがあってはなりません。この間、海上自衛隊は太平洋の海上優勢を保つよう働き、米軍の来援を支援する。そして、到着した米軍の打撃力をみせつけることで戦争を終結に導く。航空自衛隊は、我が国周辺の航空優勢を維持すると共に主として島嶼防衛にかかわる航空作戦をいろいろな形で実施するケースが多いでしょう。

統合部隊についていうと、任務を島嶼防衛にしぼった統合任務部隊の核(司令部と主要部隊)を常設しておき、必要に応じて兵力を増強できるようにしておく、ことも考えられます。部隊は日ごろの訓練が重要だからです。要するに、日ごろやっていないことは、突然の有事には、当然やれないということです。現在、任務を限定した統合任務部隊として、ミサイル防衛を担当するBMD統合任務部隊が設置されています。常設ではないものの、北朝鮮の脅威に長期間連続して備えたという観点からは準常設であり一つの事例にはなるでしょう。

日本列島と東シナ海をくくり出した小さな地図ではなく、太平洋はもちろん、ハワイやその先にある米本土までを含めた大きな地図を見る必要があるのですね。

香田:そういうことです。

サイバー空間で生じる新たなグレーゾーン
サイバー空間や宇宙での防衛をどうするかが、注目を集めています。

香田:これもやっていかなければならないことですね。サイバー空間の防衛に関していうと、自衛隊と警察との協力が必要になってくると考えます。

サイバー攻撃による被害が国内で生じた場合、まず疑うべきは犯罪でしょう。犯罪への対応は法執行機関である警察の役割です。しかし、サイバー攻撃が、外国が外地から組織的に行った国家行為あるいは軍事作戦であった場合は、日本の法が及ばず警察が対応できる範囲を超えることになります。

こうした全体像を考えると、警察と自衛隊が協力する国家規模のマルチドメイン対応が求められるのではないでしょうか。

要員の確保・教育の観点からも、国家規模の対応が求められます。今は、ただでさえ少ないサイバー要員が自衛隊や警察、さらには民間に分散しています。これは効率が悪い。自衛隊がサイバー攻撃に備えて配備している200人ほどの要員は自衛隊の資産・施設に対するサイバー攻撃への対応に役割が限られています。少なくとも、自衛隊と警察で情報共有できる仕組みを作る必要があることは明白です。

またサイバー空間における攻撃力について議論し、整理する必要があります。相手の設備を物理的にたたかないと、いつまでもサイバー攻撃を受け続けることになります。ならば、自衛隊が反撃することは、憲法9条が禁止する戦争や武力行使に当たるのかどうかという論議も必要です。物理的な破壊を伴わない反撃も武力行使なのかどうかという点に関する整理も求められます。

ちなみに米国は、オバマ政権の時に「サイバー攻撃は戦争と見做し得る」と整理しています。具体的には「オバマ政権は、海外からサイバー攻撃が行われるとの確証を得た場合には、大統領が(軍事力による)先制攻撃を命令できる」という方針を定めたことで、2013年2月3日のThe New York Timesで報道されました。