トランプの「中国潰し」に世界が巻き添え、貿易戦争は覇権争奪戦だ
エスカレートする一方の米中貿易戦争。これは、もはや「米国の貿易赤字解消」といった次元を超えている。米国は覇権を維持するために、中国つぶしに動き始めたと見るべきだろう。そう、米中貿易戦争は、「米中覇権争奪戦争」でもあるのだ。
米中が経済制裁の応酬!
戦争には「戦闘」以外の形態もある
中国を本気でたたきつぶし、覇権を維持しようと目論むトランプ。中国には勝っても、世界経済を道連れにする恐れがある Photo:Reuters/AFLO
トランプ政権は9月24日、対中国制裁第3弾を発動した。中国からの輸入品2000億ドル相当に、10%の関税をかけることになる。これに対して中国は、米国製品600億ドル相当に報復関税をかける意向を示している。
これを受けてトランプは、対米報復制裁が発動されれば、さらに2670億ドル相当の中国製品に関税を課すと警告した。現実にそうなれば、米国は、中国からの全輸入品に関税をかけることになる。
筆者はこれを、「米国の貿易赤字解消」という次元を超えた、米中の覇権争奪戦と見ている。そう、実際に武器を使用していなくても、立派な戦争である。
「大げさだな」と感じる人は多いだろう。日本人は「戦争」と聞くと、「ミサイルをぶっ放した」「空爆した」「戦闘機が戦った」「戦車で進軍してきた」など、「戦闘行為」を思い浮かべる。しかし世界的に見ると、「戦争」という言葉の意味は、もっと広い。
考えてみよう。戦争はまず、ある国の「指導者の頭の中」で始まる。彼は敵国を設定し、「たたきつぶそう」と決意するが、翌日早速軍隊を送るだろうか?敵国が弱く、間違いなく圧勝できる場合ですら、いきなりそんなことはしない。
国際社会から非難されて経済制裁を科され、かえって自国の方が苦しくなる可能性があるからだ。
では、どうするのか?
普通、戦争は「情報戦」から始まる。これは、敵国を「悪魔化」する目的で行われる。理由は2つ。第1に「国際社会を味方につける」ためである。戦闘して勝ったはいいが、結果国連から制裁を受けては意味がない。第2に、自国民に「戦争やむなし」と信じさせるためである。戦争中に「反戦派」がうるさくては困るのだ。
第2次世界大戦前に行われた
情報戦、外交戦、経済戦
情報戦の例を挙げよう。1932年、日本は満州国を建国した。中国は当然これに不満で、国際連盟に訴えた。そして、情報戦を開始。「田中メモリアル」という「日本の世界征服計画書」を全世界に拡散した。もちろん、実際は日本の「世界征服計画」など存在せず、「田中メモリアル」は「偽書」である。
しかし、中国は情報戦を有利に進め、世界の国々に、「田中メモリアル」=「本物」と信じさせることに成功した。その結果、日本は「世界支配を企む悪の帝国」となり、「国際連盟脱退」に追いこまれてしまった。1930年代の例を挙げたが、もちろん現在も情報戦は行われている。
「外交戦」も重要だ。これは、自国の仲間を増やすことで、敵国を孤立させるために行われる。たとえば、1937年から始まった日中戦争で、中国は、米国、英国、ソ連から支援を受けていた。日本は、外交戦でも負け、孤立していた。
そして、「経済戦」。経済制裁によって、敵国に大打撃を与えることができる。一番わかりやすい例は、米国が、英国、中国、オランダを巻き込んで、日本に対して実行した「ABCD包囲網」だろう。
米国は、1937年から日本への経済制裁を開始。1941年8月には「対日石油全面禁輸」措置が発動されている。この4ヵ月後、追い詰められた日本は真珠湾を攻撃し、「戦闘」という意味での「日米戦争」が始まった。
トランプ政権誕生前から
米国内は「対中戦争モード」だった
最後に「代理戦争」。これは、大国が特定の勢力を支援することで行われる。たとえば、シリアで欧米は、「反アサド派」を支援している。一方、ロシア、イランなどは「アサド政権」を助けている。これは、欧米vsロシアの「代理戦争」である。
ほかにもある。ウクライナだ。欧米は、ポロシェンコ政権を支持している。ロシアは、ウクライナ東部ドネツク、ルガンスクのいわゆる「親ロシア派」を支援している。ウクライナ内戦は、欧米とロシアの「代理戦争」なのである。
こうして歴史を振り返ると明らかなように、リアルの「戦闘」は、武器を使わないさまざまな戦争を経て勃発する。では、米中の現状は、どう考えるべきなのだろうか?
筆者が「米中貿易戦争」を「覇権争奪戦争」と見る理由はいくつかある。
まず、トランプが大統領になる前、すでに米国内では、「中国と戦って勝たなければならない」と主張するベストセラー本が出ていた。
1冊目は、国防総省顧問マイケル・ピルズベリーの『China 2049』。「中国は、建国100年目にあたる2049年までに、世界覇権を握ろうとしている」という内容だ。ピルズベリーは、「アメリカはこのマラソンの敗者になろうとしている」(P.28)、つまり、覇権争奪戦で中国に負けると警告している。
2冊目は、トランプ大統領の補佐官で国家通商会議議長ピーター・ナヴァロの『米中もし戦わば~戦争の地政学』だ。この本は、「米中戦争が起こる確率」は、「非常に高い」という話から始まる。そして、第6部のタイトルは、「力による平和への道」である。中国に強硬な姿勢で対抗することを主張している。
この2冊は共に、米国での出版は2015年である。つまり、トランプが大統領になる2年前に出されている。
そして、この年の3月、「AIIB事件」が起こっている。イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スイス、イスラエル、オーストラリア、韓国など親米国家群が、米国の制止を無視し、中国が主導する「AIIB」への参加を決めたのだ。
反中→仲直り→やっぱり反中…
目まぐるしく変わるトランプの胸中は?
この事件は、米国の支配力低下と、中国の影響力増大を世界に示した。つまり、米国には「中国を打倒しなければ、わが国の時代は終わる」という強い危機感が、トランプ政権誕生前からあったのだ。
このような機運の中、トランプは「反中大統領」として登場した。選挙戦中も、一貫して反中だった。選挙に勝つと早速、台湾の蔡総統と電話会談し、中国と世界を仰天させた。
しかし、2017年4月、初めて習近平に会ったトランプは、以後「私は彼のことが大好きだ!」と公言するようになる。米中関係は、一気に改善された。
なぜ、そうなったのか?トランプは、北朝鮮問題で習近平の助けを必要としていたからだ。そして習近平も、トランプを助けることを約束した。
ところが、それから1年たって、トランプは中国との貿易戦争を開始した。唐突に見えるかもしれないが、以下のような流れだったのだろう。
(1)トランプは、もともと「米国の覇権を維持するために、中国をたたこう」と考えていた
(2)しかし、習が北朝鮮問題で協力する意向を示したので、様子を見ていた
(3)ところが、1年たっても何も変わらないので、元の路線に戻った
ご存じのように、中国はロシアと共に、北朝鮮を守り続けている。
さらに、報道されているように、「米国の貿易赤字を減らすため」とか「知的所有権を守るため」だけの「貿易戦争」ではない理由はほかにもある。
トランプ政権の動きを見ていると、もっと「トータルな戦争」を開始しているからだ。
人権問題批判に中国軍への制裁
台湾への武器輸出も再開した米国
たとえば、トランプ政権は突然、中国が「100万人のウイグル人を拘束している!」と批判し始めた(太線筆者、以下同じ)。
<米国務長官、ウイグル人拘束めぐり異例の中国批判
【AFP=時事】9/22(土) 17:38配信 マイク・ポンペオ(Mike Pompeo)米国務長官が21日、中国政府に対し、イスラム教徒の少数民族ウイグル人を多数拘束していると異例の強い論調で批判し、不穏さを増す米中関係に新たな火種が浮上している。>
これは、「中国悪魔化」のための「情報戦」を開始したと見ることもできる。なぜそう言えるのかというと、米国は、自国に都合のいい時しか「人権カード」を切らないからだ。
たとえば、米国の同盟国サウジアラビアは、民主主義のカケラもない、絶対君主制の人権侵害国家である。しかし、米国がサウジの人権問題を批判することはない。
実際、米国は長い間、中国の人権問題を批判してこなかった。これが再開されたことには、大きな意味があると見るべきだ。
また、トランプ政権は、なんと「中国軍」にも制裁を科している。
<米国>中国人民軍を制裁 露から戦闘機など購入
毎日新聞 9/21(金) 19:15配信 【ワシントン鈴木一生】トランプ米政権は20日、中国人民解放軍の兵器や装備品を管理する部門とその責任者に制裁を科すと発表した。米国の対ロシア制裁に違反して2017~18年、ロシア国営武器輸出企業「ロスオボロンエクスポルト」と取引し、戦闘機10機と最新鋭の地対空ミサイルS400関連部品を購入したことが理由という。制裁は、米金融機関との取引や米国人とのビジネスを禁じる内容。>
さらにトランプは、中国が「自国の一部」と主張する台湾に武器輸出することを決め、中国を激怒させた。
<中国外務省の耿爽(こう・そう)報道官は25日、トランプ米政権が台湾への武器売却を議会に通知したことに関し、「中国の主権と安全保障の国益を損なうものだ」と述べて「強烈な不満」を表明した。中国は米台の軍事交流の停止を求めているが、米中間では貿易分野だけでなく軍事部門でも関係が悪化しているのが現状だ>(産経新聞 9月25日)
戦闘しにくい核時代は
「経済戦争」がメインに
米中関係は、過去の戦争のように、情報戦、外交戦、経済戦、代理戦争などを経て、必要があれば「戦闘」をして敵国をたたきつぶすところまで行ってしまうのだろうか?
1930年代と現代では、実は大きく異なる1つの事情がある。「核兵器」の存在である。これが、戦争の形態を変えた。
米中ロにはそれぞれ、敵国を壊滅させるのに十分な核兵器がある。それどころか、地球を「人の住めない星」に変えることすらできる。結果、大国間の戦闘は、起こりにくくなっている(既述のように代理戦争は起こっているが)。
現在では、「経済戦争」が「主戦場」になっているのだ。たとえば、ロシアは2014年3月、クリミアを併合した。さらに、ウクライナ東部ルガンスク、ドネツクを支援して、事実上の独立状態に導いた。そして、ロシアは、シリア・アサド政権支援を続け、ここでも勝利している。
しかし、米国は、ロシアと直接戦闘することはない。では、米国はロシアに負けっぱなしなのだろうか?
そうではない。何かあるたびに、米国はロシアへの経済制裁を強化している。それで、ロシア経済はボロボロになってしまい、プーチン政権は、大打撃を受けている。
トランプが、「米中貿易戦争で、中国に勝とう」と考える理由もわかる。米国は、年間5000億ドル強を、中国から輸入している。一方、中国は、米国から年間1300億ドルしか輸入していない。貿易戦争によって、お互いの全製品に関税をかけたとすると、中国が受ける打撃は、米国が受ける被害の3.8倍になる。
それでトランプは、「貿易戦争で、米国は中国に勝てる」と確信しているのだろう。
中国に勝ちたい米国が
世界経済をも破壊する
果たして、米国は中国に勝てるのだろうか?
その可能性は、高い。というか、成長期の最末期にある中国の栄華は、米中貿易戦争がなくても、終わりつつあった。トランプが何もしなくても、中国の成長率は鈍化し続けていたのだ。今回の貿易戦争は、中国の没落を加速させる結果になるだろう。
ところが、それで米国の繁栄とはなりそうもない。世界中の研究者が懸念しているのは、「中国を倒したいトランプが、世界経済を道連れにすること」である。
ノーベル賞学者のクルーグマン教授は、6月にこうツイートした。
「トランプ大統領が貿易戦争に向かって行進する中、私は市場の慢心に驚いている」
「トランプ氏が行くところまで行って、世界経済を壊すのかはわからない。しかし、相当な可能性があるのは確かだ。50%?30%?」
対中制裁第3弾発動で、「トランプが行くところまで行って、世界経済を壊す可能性」は、さらに高まった。
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