埼玉の秘境にムーミンパーク

フィンランドの人気童話「ムーミン」をテーマとする「ムーミンバレーパーク」が3月16日、埼玉県飯能市の宮沢湖畔でグランドオープンを迎える。9、10日には、同市へのふるさと納税寄付者らを対象に先行開業。ムーミンの物語を再現した施設をのんびりと体験できるのが「売り」だ。ドキドキの絶叫マシンや大型アトラクションなどはなく、“ほっこり型”のテーマパークに勝算はあるのか。テーマパーク研究家の芳中晃氏に解説してもらった。

「エンマの劇場」でショーを演じたムーミンのキャラクター(3月5日) ◆世界初進出は飯能市

 ♪ねえムーミン こっちむいて はずかしがらないで……

 藤田淑子さんの歌でおなじみのムーミンをメインキャラクターとするテーマパークが3月16日、埼玉県飯能市にグランドオープンする。作者トーベ・ヤンソンの故郷フィンランドにある「ムーミンワールド」以外では、日本が世界初進出となる。

 テーマパークの総敷地面積は25.7ヘクタール。開業に向け、建設主体の投資会社「フィンテック グローバル」(東京都港区)は、そのうち約18.7ヘクタールの土地を西武鉄道から6億円で取得した。

 運営する子会社の「ムーミン物語」(東京都品川区)によると、二つの施設で構成されるという。2018年秋に先行開業した飲食店や物販店が並ぶ無料エリア「メッツァビレッジ」(16.3ヘクタール)と、その隣りに開業する有料エリア「ムーミンバレーパーク」(7.3ヘクタール)だ。

 総事業費は150億円。年間100万人の集客を見込んでいる。

飯能市の宮沢湖 ◆自然の中でのんびり、ほっこり

 メインエリアの「ムーミン谷」には、スナフキンやミイらおなじみのキャラクターによるショーが楽しめる野外ステージ「エンマの劇場」、ムーミン一家の住まいを再現した「ムーミン屋敷」、体感型シアター「海のオーケストラ号」などを設置する。

 アスレチックやツリーハウスがそろう「ヘムレンさんの遊園地」、ワイヤロープで湖面を滑空する「飛行おにのジップラインアドベンチャー」など、来場者が自然と一体になって楽しめる施設もある。ムーミン関連の企画展が開かれる展示施設「コケムス」は、北欧雑貨やムーミングッズを集めたセレクトショップとレストランが併設されている。

 ディズニーリゾート(TDR)、ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)、ハウステンボス、レゴランド……。話題のテーマパークは映画やアニメのキャラクターを前面に打ち出し、派手なアトラクション、華やかなパレード、きらびやかなイルミネーションなどで盛り上げ、人気を集めている。

 ところが、ムーミンバレーパークは、埼玉の“秘境”とも言える飯能市の湖のほとりにあり、のんびりとした自然の中で心と体を解き放ち、“ほっこり”するという趣向だ。新しいタイプのテーマパークに勝算はあるのだろうか。

◆テレビアニメで人気者に

 日本でアニメ・ムーミンが登場したのは、50年前の1969年のことだ。フジテレビ系で、70年12月まで65回放送。72年から第2作が始まった。主人公のムーミントロールの声は、いずれも女優の岸田今日子さんが担当。90年には「楽しいムーミン一家」(テレビ東京系)がスタートし、91年10月までの第1期(全78話)、92年3月までの第2期(全26話)が放送された。

 アニメがテレビで放送されると、丸みを帯びたムーミンの姿がカワイイと、子どもたちの人気者に。思索を好む放浪者のスナフキン、マイペースでロマンチストのミムラねえさん、怒りっぽくて毒舌のミイ、群れでさまよう生物ニョロニョロなど個性的なキャラクターたちが大人の女性にも支持された。

 昨夏、ムーミン好きが高じてフィンランドの「ムーミンワールド」を訪れたという都内の会社員女性(40)は「ただカワイイだけではなく、憎まれ口をたたいたり、毒づいたりするキャラクターたちが魅力。仕事や人間関係に疲れたら、ムーミンの世界に浸って癒やされたくなる」と話す。

ムーミンらのキャラクターが登場するショー(3月5日) ◆北欧デザインのシンボル

 昨今の北欧ブームも、ムーミンの人気を後押しした。

 日本ではここ数年、シンプルで洗練された北欧デザインに注目が集まっている。イケア(家具)、イッタラ(ガラス器)、アラビア(食器)、H&M(衣料品)、マリメッコ(雑貨)、エレクトロラックス(家電)、ジョージジェンセン(宝飾品)など、北欧5か国にゆかりのある製品やブランドだ。

 そんな中、自然豊かな北欧のライフスタイルを象徴する存在として、ムーミンの芸術性や文学性が再認識されつつある。

 2016年にフィンランドにオープンしたムーミンカフェは、日本国内ですでに3店舗ある。雑貨などを販売するムーミンショップも東京、名古屋、大阪などに相次いで登場している。ムーミンのキャラクターが描かれたマグカップやトートバッグなどは幅広い世代に人気があり、母娘の2世代で訪れるケースも多い。

 日本のムーミン公式ファンクラブのメンバーは1万人を超えており、ムーミンの関連ビジネスは日本の売り上げが、世界の50%近くを占め、本場フィンランドに迫る勢いという。

◆地元の大学とも連携

 テーマパーク経営にとって、リピート率が高く、口コミなどの波及効果のある女性客の支持を得ることは不可欠だ。とくに、キャラクターを前面に打ち出した施設の場合、キャラクターグッズをはじめとする雑貨の販売にもつながる。

 この点で、ムーミンのファンが多い日本は、地元フィンランドの次に有望なマーケットと言える。事業主体は投資会社であるがゆえに、広報・販売促進関連のプレ・マーケティングには非常に長(た)けているように見受けられる。オープン告知イベントやメディア、SNSへの露出、カフェやショップなどと連携したPR手法など、じわじわとムーミンの認知度を拡大させているのだ。

プレオープンに入場できるふるさと納税チケット ◆イチゴ、アウトレット、ジブリ

 旅行会社との商品開発にも力を入れており、プレオープンの3月9日、10日には、「開業前に一足早く特別入園できる」をうたい文句に、東京、神奈川、埼玉などから出発するバスツアーを発売。いちご狩りや三井アウトレットパーク入間(埼玉県入間市)、三鷹の森ジブリ美術館(東京都三鷹市)などを組み合わせた周遊ツアーを企画した。

 産官学の連携も活発だ。駿河台大(飯能市)、埼玉女子短大(日高市)、西武文理大(狭山市)、埼玉県、地元商工会議所などと連携協定を締結。地域振興に協力するとともに、教育・研究の場としても活用していくとしている。これは、スタッフの確保や来場者アップにつながる優れた取り組みと言える。

 地元の飯能市は「ムーミン基金」を設置し、ふるさと納税で寄付をした人に、返礼品としてムーミン関連グッズやムーミンバレーパークの入場チケットを贈っている。日本創成会議が2016年に「消滅可能性都市」の一つと挙げた飯能市としては、ムーミンを活性剤としたい考えだ。

2018年秋に先行開業しているメッツァビレッジ ◆郊外型施設に求められること

 一つのキャラクターのテーマパークで、女性に人気があり、規模的にも類似しているのは、神奈川県箱根町仙石原にある「星の王子さまミュージアム」ではないだろうか。

 メインターゲットとなる顧客エリアは、東京とその周辺だろう。都心から車で実質2時間程度の距離や入園料(大人当日券1600円)は、ムーミンバレーパーク(大人1500円)と似ている。

 郊外型のこうした施設は、周辺への回遊や家族の利便性などを考え、利用者が車で来場するケースが多い。重要なのが駐車場だ。ホテルで言えば部屋数であり、レストランであれば席数に当たると言っていい。

 ムーミンバレーパークは1000台分の駐車場を用意し、事前に予約できるシステムもある。ただ、駐車場が満杯になれば、渋滞の原因となり、周辺の迷惑にもなる。せっかく来たのに、いつまでたっても入園できないような事態になれば、顧客満足度の低下を招き、「もう二度と行かない」となりかねない。

 一般には目につかないかもしれないが、来場者のみならず、タクシードライバーやバスドライバー、バスガイドらの休憩所などを用意することも大切だ。来場者の身近にいるこういった人たちの好感度を上げることが、息の長いPRにつながる。

◆破綻した倉敷チボリ公園

 「北欧」で思い出すのは、1997年に開園、2008年に閉園した岡山県のテーマパーク「倉敷チボリ公園」である。当時主流であった第三セクター方式の運営で、世界最古のテーマパーク・チボリ公園(デンマーク)と提携し、約12ヘクタールに観覧車など約20種の遊具や遊覧ボートのある人工池を配置し、デンマークの古い街並みを模すなど趣向を凝らしていた。

 年間来場者数は初年度に298万人を超え、その後も200万人台を維持していたが、年々減少。開業から9年目の2005年度に100万人を割り込んだ。公共性を主張する行政と追加投資を求める民間の思惑がぶつかるなど、それぞれの目的にズレが生じ、地域活性化に寄与しなかったことが破綻の一因とされている。

 私の経験では、一つの組織に別々の目的を持ったメンバーが存在すると、施設運営はうまくいかなくなることが多い。TDRが成功した大きな要因は、社長をはじめ役員や社員の多くが出向ではなくプロパーであったことだ。それゆえに、企業理念が「ものづくり」に踏襲されたと思う。

 ムーミンバレーパークの場合、投資会社のトップが、株式上場や時価総額の数字にとらわれず、いかに「テーマパークづくり」に真剣に取り組むかが最大の課題となるだろう。

画像はイメージです ◆従業員はムーミン谷の「住人」

 テーマパークは、どんな施設やアトラクションがあるかということに目が向いてしまいがちだが、実は、経営や運営に重要なのは、バックヤードにある従業員のための「施設づくり」なのだ。

 TDRの場合、施設全体の面積のうち、3分の2が来場者向けのゲストエリア、3分の1が従業員のためのキャストエリアとなっている。一方、従業員の業務量はといえば、この割合が逆転し、3分の1がゲストエリアで、3分の2がキャストエリアで、となる。

 つまり、スタッフの配置管理や教育プログラムの充実、従業員食堂、休憩室、ロッカールーム、ユニホーム管理、サービス動線といった働き手のための施設づくりが十分に考えられていることが大切なのだ。

 年間100万人の来場者という目標は、従業員の自発的な協力なしでは達成できない。

 ムーミンバレーパークのスタッフ採用情報には、「ワードローブ(制服)貸与(ズボン・靴は別途ご用意をお願いします)」との文言がある。気になるのは、制服を自己管理させると、汚れたままでシワシワという事態にもなりかねないことだ。

 ささいなことのようだが、派手なアトラクションやイベントを売りにしない施設だけに、従業員がムーミン谷の「住人」としての意識を徹底し、来場者を「旅人」として歓迎する雰囲気づくりが求められる。

 そのためには、従業員の教育・研修の充実や、離職させずに定着してもらうためのコストを惜しんではならないだろう。今後、来場者数や売り上げといった数字がついて回ることになるが、数字には表れないマネジメントの姿勢がムーミンパークの将来を左右することになる。