「水害が地震より怖い」地下鉄、浸水対策はどこまで進んでいるか

「水害が地震より怖い」地下鉄、浸水対策はどこまで進んでいるか

130人を超える死者(10日時点)を出すという記録的豪雨が発生した。実は地下鉄にとっては、地震よりも水害が恐ろしい。東京、大阪など、網の目のように地下鉄が張り巡らされている地域では、どのような対策が取られているのだろうか?
地下鉄にとって恐ろしいのは
地震よりも水害

中国地方を中心に多数の被害者を出した今回の豪雨。もし都市圏でこのような豪雨が発生した場合、駅やトンネル、地下街などが水の通り道になって、被害が拡大することが懸念される Photo:REUTERS/AFLO
西日本を中心に襲った記録的豪雨によって、広島県、岡山県、愛媛県を中心に130人を超える死者(10日時点)が出るなど大きな被害が発生し、現在も懸命の捜索活動、復旧作業が進められている。気象庁によると全国14府県の93の観測地点で、8日までの72時間に降った雨量が観測史上最多を記録したという。
こうした豪雨は、鉄道インフラへの影響も甚大だ。国土交通省は9日、今回の豪雨でJR西日本やJR四国をはじめ、11鉄道事業者の36路線が運休していると発表した。都市部で発生した場合、懸念されるのが地下インフラ、とりわけ地下鉄や地下街への被害である。水はどんな小さな隙間であっても入り込み、低い方へと流れていく。地下空間は地震には強いが、水は天敵のようなものだ。実際に2000年以降、河川の氾濫などによる地下鉄への大規模な浸水はいくつも発生している。
たとえば2000年9月の東海豪雨では、排水設備の処理能力を超えた雨水が名古屋市営地下鉄に浸水し、2日間運転を見合わせた。2003年7月の福岡水害では、御笠川の氾濫により地下鉄や地下街に浸水が発生。地下鉄入口の階段から流れ込む濁流の映像を覚えている人も多いだろう。2004年10月には台風22号の影響で東京都の古川が氾濫し、地下鉄麻布十番駅のホームに水が流れ込んだ。2013年の台風18号では、京都の安祥寺川が氾濫して京都市営地下鉄御陵駅が浸水、復旧まで4日間を要している。
国交省は、想定しうる最大規模の豪雨によって東京や大阪でも大規模な浸水が発生し、地下鉄などが水没する可能性があるとして被害想定をまとめている。
国交省近畿地方整備局が今年3月に公表した想定はこうだ。枚方上流域に、1時間当たり360ミリという「1000年に一度」の豪雨が発生し、淀川と大川の分流点付近で堤防が決壊。1時間後には天神橋筋六丁目駅が浸水し、2時間後には同駅から谷町線と堺筋線のトンネルを伝って浸水が拡大、御堂筋線でも中津駅から浸水が始まる。3時間後には御堂筋線の浸水が梅田地下街に到達し、18時間後には大阪メトロやJR東西線、京阪電鉄中之島線などで地下トンネルが水没する深刻な被害が発生するという。

地下トンネルが導水管となって
水害は拡大していく
首都圏においても、2009年1月に中央防災会議の専門調査会がとりまとめた「荒川堤防決壊時における地下鉄等の浸水被害想定」が発表されている。想定では、3日間に550ミリ以上の降雨によって荒川の岩淵水門付近で堤防が決壊し、東京都北区、荒川区、台東区、中央区など隅田川周辺に大規模な浸水が発生。堤防の決壊から10分後には地下鉄南北線赤羽岩淵駅、4時間後には千代田線町屋駅、6時間後には日比谷線入谷駅で浸水が始まり、地下トンネルを伝って都心に水が流れ込み、最大で17路線97駅、延長約147kmの線路が水没する可能性があるとしている。
丸ノ内や大手町付近では地表に到達するよりも6時間ほど早く、トンネル経由で洪水が到達する。霞ケ関や赤坂、六本木では地表に洪水は到達しないが、駅と線路は水没するなど、トンネルが導水管となり被害が拡大する危険があると指摘されている。
これは決して過大な想定ではない。実際に海外では大規模な水害によって地下鉄が水没し、都市機能に大きな影響を与えたケースが報告されている。
たとえば2001年9月に台風16号が直撃した台湾・台北市では、台風がもたらした「200年に一度」の大雨によって地下鉄(MRT)が約12kmにわたって水没、完全復旧までに3ヵ月を要する被害が発生した。
また2012年10月にはアメリカ東海岸を襲った史上最大級のハリケーン「サンディ」がもたらした高潮によって、ニューヨーク市地下鉄のトンネルに海水が流入した。事前に運行を停止し、避難を完了させていたため人的被害がなかったのが幸いだが、ほぼ全線が復旧するまで9日間を要した。
水害は地震や火山噴火などとは異なり、降水量や水位の変化から事前に危険度を予測することができるため、気象情報を活用し早期に避難誘導をすることで職員、乗客ともに人的被害を防ぐことが可能である。
前述のように、地上は洪水被害がなくても、地下トンネルを経由して流れ込んだ水により、想定外の地域に被害が発生することもあり得る。利用者に対する周知の徹底と、近隣施設や関係機関との連携強化、避難訓練の実施など、防災体制の構築が進んでいる。

「200年に一度」の豪雨対策に
巨費を投じることの難しさ
また長期の運転停止を避け、都市機能を守るための取り組みも始まっている。
たとえば東京メトロは中央防災会議の被害想定を受けて、駅の出入口、トンネルの坑口、通気口など、地上とつながる無数の穴を封鎖して水の流入を防ぐための防水ゲートの設置や強化を進めている。これらの設備が完成すれば、地下トンネルの浸水は相当程度防ぐことができると期待されている。
大阪メトロでも南海トラフ地震による津波対策として、2014年から30駅の浸水対策工事を進めており、洪水、高潮に対しても効果が見込まれている。
しかしそれでも完全な対策は困難なのが実情だ。鉄道事業者が単独で対策を進めても、他鉄道会社との乗換駅、駅通路と接続した地下街や民間のビル、工事現場など、水の通り道は無数にあり、これら全ての開口部をふさぐことは、物理的にも費用的にも難しいからである。仮に建築基準などを改め、全ての事業者・管理者に防水対策を義務付けたとしても、対策完了までには長い年月がかかるだろう。200年に一度、1000年に一度というような発生確率の洪水に対して、どれだけの費用をかけて対策していくのかについても、社会的なコンセンサスが得られているとは言い難いのが実情だ。
今回の水害で被害を受けた人の中には、自分が住んでいるところで洪水が起こるとは考えていなかった、避難しようと思ったら既に水が来ていて逃げられなかったという人も多かった。まずは日本中どこであっても水害が発生し、思わぬ形で被害が拡大する可能性があるということを認識することが、自分の身を守り、都市機能を守る第一歩となる。