繰り返してはならない大日本帝国海軍の失敗
ハイブリッド戦争に無関心な自衛隊が危ない
クラウゼヴィッツや孫子をはじめとする戦略思想家たちによってしばしば指摘されるのが、「戦争(War)に勝つこと」と「戦い(Battle)に勝つこと」は全くの別物であるという戦争の原則である。これはベトナム戦争やイラク戦争を見ても明らかだ。
この点に関して、米海軍協会の機関紙「プロシーディングス」11月号は、旧大日本帝国海軍の失敗を例に出して「『戦い』に勝つことへの執着が敗北を招きかねない」と警鐘を鳴らす論文を掲載した。
この内容は、現在の我が国が陥りかねない点を示唆していると言える。今回はその内容を紹介しつつ、我が国にとっての意義と教訓を論じてみたい。
「戦争」に勝つための準備をしなかった帝国海軍
この「戦いのための準備は戦争のためではない」と題する論文を書いたのは、元米海軍大佐のリントン・ウェルズ2世である。
ウェルズ氏は、ブッシュ政権時代に国防総省の最高情報責任者や国防次官補代理を務めた。1980年代には日本の防衛庁防衛研究所に派遣されたことがあり、日本とも縁の深い人物である。この11月にもサイバーセキュリティの専門家として訪日し、講演している。
彼の論文の概要は以下のとおりである。
真珠湾攻撃を果たした機動部隊は、当時世界で唯一無二の存在であり、当時の日本の艦隊全体が洗練された作戦概念・戦術・技術開発・装備調達・現実的で厳しい訓練といったもろもろの長期的かつ体系的な統合の成果であった。
旧大日本帝国海軍のこうした優秀な戦力は、日清戦争の教訓をもとに、1902年に策定され、日露戦争後に対米戦を見据えて数回改訂されてきた「漸減邀撃(ぜんげんようげき)」ドクトリンにあった。帝国海軍は、このドクトリンに基づき、長距離攻撃能力(夜間航空魚雷攻撃技術の完成、重巡洋艦の量産、高速戦艦による夜戦、海軍航空隊の育成、最終段階で迎撃する強力な戦艦の建造)の育成に力を入れ、彼らの戦術と編成と訓練はこれに沿ったものであった。
太平洋戦争の開戦から2年間、帝国海軍と連合国海軍は21回の矛を交えたが、日本は10勝7敗4引き分けであった。その結果はそれまでのアプローチの正しさを証明するかのように見えた。
しかし、2年も経たないうちに、帝国海軍は効果的な戦闘力を発揮できない存在になってしまった。それには、戦術的な原因と戦略的な原因がある。
戦術的には以下の原因が挙げられる。
(1)日本の産業基盤は総動員体制が未熟であった。
(2)帝国海軍は、兵站・情報・対潜作戦などの分野を軽視していた。
(3)補充要員の訓練計画が不十分だった。
(4)艦隊決戦重視の思考に拘泥していたため、漸減邀撃の艦隊決戦が実現しなかったとき代替案に移れなかった。
戦略的な原因としては、日本政府および帝国海軍が、広範な地域における全面戦争ではなく、一部の地域における限定戦争を計画していたからである。誤った戦術は回復することが可能だが、誤った戦略は挽回することができないことの典型例といえよう。
要するに、1941年の帝国海軍は、予想される「戦い」に勝利するために準備されていたが、「戦争」に勝つために準備されたものではなかった。
米軍こそ帝国海軍の失敗に学べ
こうした懸念は、今日の米軍にも当てはまる。
米軍の各部隊は優れたシステムを持ち、9.11後の戦争を経て、複雑で変化が激しい未来に準備するために様々な取り組みを行ってきた。
しかしここに来て、バイオテクノロジー、ロボティクス、3Dプリンタ、ナノテクノロジー、エネルギー技術、サイバー技術など、国防総省の管理が及ばない領域の重要性と影響力が高まっている。
これらは容易に誰でもアクセスできる技術である。例えば、数千ドルの予算で複数のドローンを3Dプリンタで作成し、スマートフォンと爆弾をつけて空港に向けて飛ぶように指示し、大型輸送機を破壊・損傷させることも可能だ。
また、IoT化によって脆弱さを増した工業用制御システムは、もはやサイバー攻撃を阻止できない。発電所やダムは攻撃を受ければ暴走し、医療施設や交通機関は大混乱を引き起こすだろう。
ロシアがウクライナで実施したハイブリッド戦争や、中国が南シナ海で実施中のグレーゾーン紛争の脅威にも目を向けるべきである。ハイブリッド戦争とは、軍事的手段と宣伝戦とサイバーを含む非軍事的手段の統合運用である。グレーゾーン紛争とは、米国や多国間の対応には至らないが、時間とともに影響力を増していき戦略的なレバレッジを確保する行動である。
ここで注目すべきは、今後、戦争の「重心」(打破することにより決定的な影響をもたらすポイント)が従来の兵器同士による戦闘ではなくお茶の間や携帯電話に移行する可能性があるということだ。完全武装した兵士や漁民による非武装作戦やSNSによって増幅される宣伝戦も脅威となるだろう。伝統的な戦闘力ももちろん重要だが、米国は国防総省のみならず国家全体でハイブリッド戦争に対応する必要がある。
以上のウェルズ氏の指摘は、つまるところ戦いに勝っても戦争の勝利につながらないことを意味する。
ウェルズ氏の指摘の根底には、「戦争とは、政治目的を達成するために実施されるべきものだ」というクラウゼヴィッツの思想がある。「戦争とは、我が意志を相手に強要するために行う力の行使である」「敵の打倒とは、戦争の本来の目的たる政治目的とは異なる」というクラウゼヴィッツのよく知られた箴言は、戦いに勝つ以外の力の行使でも、意思を強要できれば戦争に勝てることを示唆している。
このような戦争の本質を無視して都合の良い作戦構想に走り、そのための技巧に走った典型例が日本の旧帝国海軍であり、そうした愚を米国が繰り返すべきではない、国家が管理できない技術イノベーションの戦争への影響を見極めつつ、ハイブリッド戦争やグレーゾーン紛争に備えよ──というのがウェルズ氏の指摘である。
この問題は我が国とっても深刻だろう。なぜならば、自衛隊は作戦構想はおろか、それ以前のドクトリンすらない段階だからだ。しばしば海兵隊側から指摘されるように、陸上自衛隊のドクトリンは1950年代で止まったままである。航空自衛隊は、彼らが公式に認めているように2011年までドクトリンが存在しなかった。
また、自衛隊には、特に陸自には作戦環境という概念はほとんどなく、彼らの文書ではあまり出てこない。実際、自衛隊はハイブリッド戦争やグレーゾーン紛争には無関心である。何せ防衛省広報室は筆者の問い合わせに対し、平時における、爆発物を積載した民生ドローンによる駐屯地等への攻撃には事実上何もできないと回答している。
もしリントン氏の指摘するように、ある日、那覇の国際通りや那覇空港に完全武装の人民解放軍の兵士が出現し、しかし、武器使用を行わないまま要所を制圧、同時に自爆する所属不明の民生ドローンが宮古島の地対艦ミサイルを破壊し、本土にはサイバーアタックで混乱を与えればどうなるかは火を見るより明らかだ。
このままでは自衛隊は中国や北朝鮮を相手に帝国海軍の二の舞を演じることになる。いつまでも過去の漸減邀撃構想のような離島防衛やミサイル防衛ばかりに固執するのではなく、ハイブリッド戦争やグレーゾーン紛争を前提とした作戦構想をオールジャパンで樹立し、編成と装備を変更し、同時に、3Dプリンタやサイバーといった民生技術の急速な発展を把握しつつ、柔軟に取り込んでいくことが急務である。
南西諸島での「戦い」を主眼においた離島防衛やミサイル防衛はまことに結構である。だがもし敵がサイバーや宇宙、もしくは尖閣諸島以外の地域から、そして、ロシアがクリミアでやったような手口で中国なり北朝鮮が攻めてきたらどうするのか?