千葉市
欧州で奮闘するカレン・ロバートは、なぜ木更津にクラブを創ったのか?
ジュビロ磐田時代の2005年にJリーグ新人王に輝き、’10年末からはオランダへ渡った。
現在はイングランド7部リーグのレザーヘッドでプレーするカレン・ロバートに、転機が訪れたのは’12年夏だった。VVVフェンロのプレーヤーだったカレンは、戦力外扱いになりかかった。
「ヤバイ。このままだと半年は試合に出られなくなる」
将来のことを考える時間が増えた。そして、「千葉にサッカースクールを作ろう」と思い立った。’13年、市立船橋高時代の仲間とともに、千葉県佐倉市にサッカースクールを立ち上げた。
房総半島をターゲットに。
「僕は茨城県土浦市出身ですが、サッカーでは柏レイソルのジュニア、ジュニアユース、市立船橋でプレーし、千葉県で育てられてプロサッカー選手になることができました。一方で、僕はジュビロでプレーしたので、静岡県がどれだけ『サッカー王国』か知ってます。天然芝のピッチの数、地元テレビ局のサッカー番組、女子サッカーの強さ、市民のサッカーIQの高さ――。
育成も『千葉は良い』と言われますが、意外と僕のように県外から来ている選手が多いんです。千葉県のことを『サッカー王国』と言う方もいますが、僕は恩返しの意味も含めて、サッカーをもっと県民にアピールして、本当の『サッカー王国』にしたい。それが僕の仕事です」
千葉市にはジェフ千葉があり、柏市には柏レイソルがある中、カレンがターゲットにしたのが千葉県南部の房総半島だった。
「房総半島の土地は広いんですが、合わせても60万人ぐらいしか住んでおらず、船橋市の人口と同じぐらい。夢の面で弱く、若い人たちが千葉県北部や東京に出ていってしまう。また、ジェフ千葉でサッカーをしようにも、館山から片道2時間もかかってしまう。それで、木更津にサッカークラブを作ることで、房総半島各地から1時間で通えるようにし、この地域のシンボルにしたいと思ってます」
木更津には昭和の人情味が。
現在、千葉県1部リーグに所属するローヴァーズFCは、J3を目指している。ジュニアユース1期生は、来季、高校サッカー、クラブのユースへと上がる。木更津と印西にはフットサル施設を持っている。
フェンロのマンションで思い悩んだ日々から、わずか5年。ローヴァーズは順調に成長している。
「房総半島には結束力があると思ってます。 子どもたちを見ていても、距離感が近いのか本当に仲がいいし、よく笑う。県内北部のチームの方が強いかもしれませんが、南部の子どもたちのほうが楽しそう。さらに、ローヴァーズの子は、サッカーはまだ下手かもしれませんけど、身体能力があります。房総半島は山があり海もあって、自然の中で育っているおかげか、体が大きかったり、足が速い子が多いんです。
大人には昭和の人情味があります。僕はあまりお酒を飲まないんですが、飲み屋さんに行くんです。すると『おお、カレン、来てるんか! 』って。スポンサー絡みで飲みに行ってると思われるかもしれませんが、本当に友達感覚で楽しいんですよ。そこで人を紹介してもらって、人脈が広がっていくんです。
あとは地元の少年団の指導者たち。野球のほうが盛んな土地ですが、サッカーの指導者として長年、熱い情熱を持って活動してきたんだと感じてます。大人と付き合い、子どもの可能性も見て、僕は房総半島で頑張ると決意しました。住居も木更津エリアに決めました」
世界とローカルを1人で網羅。
サッカーとは、とてつもなくインターナショナルなスポーツだ。その一方で、とてつもなくローカルであることの矛盾に魅力を感じている。
カレン・ロバートは、プレーヤーとして世界を周り、サッカークラブの代表者としては、房総半島という極めて限られた地にターゲットを絞って活動している。まさに、サッカーが持つ魅力を1人で具現化してしまったのだ。
カレンがどんどん見知らぬ人たちの中に飛び込んで、話をしていることは、軽い驚きだった。
「知らない人と会うのは苦じゃないです。房総半島は渋滞しないし、景色は綺麗だし、その土地ごとに美味しい料理がありますし。俺、営業に向いていると思いますよ。1人でベトナムに行っちゃうし」
クラブの意味は、さすらい人。
うむ? なぜにベトナムへ?
「木更津ではベトナム人が働いているんです。将来、労働力を移民に頼るか、それともロボットかといったら、僕は両方だと思ってます。大きな会社、都会の会社はロボット。だけど、中小企業には移民が増えると思います。木更津にはベトナム人の移民がもっと増えるでしょう。ならば、ローヴァーズの選手もベトナム人がいいかもしれない。
だからベトナムの英雄レ・コン・ビン(元ベトナム代表キャプテン。コンサドーレ札幌でもプレー)と会って、『自分はこういう者です。ベトナムのサッカーが好きなので、将来はローヴァーズをステップアップの場に使ってほしい。日本の環境に慣れるためにも、木更津は都会じゃないし、物は揃っているし、物価も安いし、安全だし、空港にも近いから良いと思います』と挨拶に行ってきました」
カレンはどのような思いでローヴァーズという名前をクラブにつけたのだろうか。
「英語で『さすらい人』という意味です。創設者3人を港に見立てて『みんな、どこかに行っても、疲れた時には戻って来やすいクラブにしたい』という思いを込めました。ブラックバーン・ローヴァーズが有名ですが、イギリスにはローヴァーズというクラブが多いんです。この前のFAカップの対戦相手がヘーバリル・ローヴァーズだったので、僕としてはちょっと気まずかった。6-0で勝ちましたが、申し訳なかったです。
僕自身がさすらい人。成功を求めて長旅をし、失敗してもまた立ち上がるという意味がローヴァーにはあるんですが、僕そのまんま。僕はその姿をクラブのみんなに見せないといけない」
無所属時代に感じた楽しさ。
イングランドに来る前の1年半、カレンは当時の代理人の“エアオファー”に翻弄され、無所属の時期が続いた。
「チームが無くて、本来ならば辛い時期だったんですよ。でも、ちょうど、その時期の2年前に、ローヴァーズ・ジュニアユースの1期生が始まったんです。最初はヘディングすらできないほど下手だったのが、1カ月、2カ月と経つうちにうまくなっていって、これまで勝てなかったチームに勝つようになった。
そういうのを見ていると楽しくって、僕はまだ現役選手なのに、プレーすること以上に楽しいことを見つけちゃって『ヤベえ』って。この間、その子たちの最後の試合があったんです。僕はイギリスにいるから、見に行くことができず申し訳なかった」
老若男女の憩いの場に。
さらにローヴァーズを地域密着の総合型地域スポーツクラブにするために、行政に対してプレゼンテーションしているのだという。総合型地域スポーツクラブに認定してもらうためには、3つの種目が必要。その中にバスケットやチアダンスを設けて、将来はローヴァーズを応援して欲しい。クラブハウスや合宿所も作りたい――。
実際に、木更津市の廃校をスポーツ合宿施設にリノベーションし、地域を活性化するプロジェクトに名乗りをあげ、着々と事業の構想を練っているという。
「こういうことを考えているとめちゃくちゃ楽しいですよ。実現したら夢のショートカットになる。僕がロアッソ熊本でプレーしていた時は、まだクラブハウスが無かった(その後、完成)ですし、練習場を転々としていました。J2のクラブですら、そうだったんです。拠点ができれば、他のクラブとの差別化ができると思います。
高齢化社会ですから、おじいちゃん、おばあちゃんの集いの場にもしたいですよね。松本山雅は、おじいちゃん、おばあちゃんの応援が多いそうです。ローヴァーズも魅力的なチームになり、子どもから年配までいるような空間を作りたい。それが理想です。脳の体操として、健康麻雀が流行っているそうですけど、どれだけ健康体でいるかが、おじいちゃん、おばあちゃんの課題でしょうから」
カレンの話を聞いていて、天職が見つかったなと感じた。そして、彼の過去・現在・未来は綺麗につながっているなと、羨ましく思った。