千葉市 公務員の「定期異動」がサービス低下を招く深刻な実態
自治体職員の異動は約3年周期で繰り返されるが、税務から教育など、専門性の異なる業務領域へ移ることも多い。ノウハウの蓄積を妨げ、業務クオリティの低下を引き起こす懸念から、この異動には度々批判の声が上がる。筆者も異動の弊害を強く感じているが、それ以上に危惧するのは、異動がもたらす、若手・中堅職員の将来への不安である。
● 地方自治体の業務は驚くほど多岐にわたる
自治体によって差はあるが、以下に並ぶおびただしい数の部署の例を、さっと流し読みしてほしい。
「総務局」、「政策局」、「財政局」、「国際局」、「市民局」、「文化観光局」、「経済局」、「こども青少年局」、「健康福祉局」、「医療局」、「環境創造局」、「資源循環局」、「建築局」、「都市整備局」、「港湾局」、「消防局」、「水道局」、「交通局」、「会計室」、「教育委員会事務局」、「選挙管理委員会事務局」、「人事委員会事務局」、「監査委員事務局」、「農業委員会」、「議会局」等々。
この局の下には部がある。たとえば、「総務局」の下には「総務部」「秘書部」「政策部」「プロモーション本部」など、異なる専門性を必要とする部があり、さらに、部は課へと分岐していく。
自治体職員が自ら「転職」と表現するくらいだが、こうした異動を繰り返しながら、自治体職員はよく業務を回せているとも感じる。企業の経営・管理職経験者からすると、職員の大多数が「専門性の異なる業務領域への異動」を繰り返すことに、一抹の不安を覚えるのではないだろうか。
● スーパー公務員も懸念する異動のあり方
圧倒的な成果を残し、国土交通省や厚生労働省などから講演やアドバイスを求められるスーパー公務員も、異動による専門性の喪失を危惧する。
滋賀県野洲市の職員である生水裕美氏は、相談員として多重債務者や生活困窮者に寄り添い、目の前の住民一人ひとりを徹底的に救った。さらに、彼らを救うプロセスを制度や条例として仕組み化することで、支援の輪を広げていった。
生水氏は「自身が長年、同じ業務に関わったこと」が成果につながったと振り返り、「異動の仕組みが変わらないと、自治体は問題解決ができなくなる」と警鐘を鳴らす。彼女は1999年から野洲市で働き、今もなお、同じ業務領域で課長補佐を務める。
元北上市職員の菊池明敏氏は、近隣3自治体の水道事業の統合や、岩手中部水道企業団の設立に貢献し、水道事業の大幅なコスト削減の先進事例を作った。
そんな菊池氏も異動のあり方に否定的で、次のように述べる。「市の水道事業にいた頃、若いやつを育てても、異動で持っていかれる。ものすごく悔しくて、それを断ち切りたかった」。菊池氏は2001年から今もなお水道事業に関わるが、局長を務める現組織でプロパー職員の採用を独自に行っている。
● 脈絡のない異動が頻繁に行われる3つの理由
なぜ、地方自治体ではこのような異動が行われるのだろうか。自治体の関係者に話を聞くと、「癒着防止」「人材育成」「適性の発見」という3つの理由が上がる。しかし、果たしてこれらの理由には妥当性があるのだろうか。以下で検証したい。
まず、「癒着」は確かに問題だ。しかし、法務省の『犯罪白書』によると、公務員の収賄起訴件数は減少を続け、2016年で22件にとどまる。また、仮に癒着防止を目的とした場合であっても、専門領域が大きく異なる他部署に異動する必然性はない。
実は、大手商社もその莫大な取引額から、自社社員と取引先との癒着を懸念している。そのため、某大手総合商社では定期的に異動があるが、ほぼ全てのケースが同部局内に限られている。
次に、「人材育成」という理由が上がる。契約書や公文書作成など、公務員特有の事務処理能力を高めるために異動が必要と言われる。しかし、掘り下げて聞いてみると、速度や精度の差こそあれ、この作業は通常、必要に迫られれば誰でもできるようになるという。
また、多くの民間企業では一般的に、既に保有する専門性を生かせる部署に異動をさせる。これは、引継ぎ後の業務クオリティの低下を防ぐだけではなく、より高い人材育成効果を生む。なぜなら、すでに身につけている専門性と関連性の高い別の専門性を得ることが、さらなる高度な業務を可能とさせるからである。
最後に、「適性を見る」という理由がある。確かにこれを全否定することはできない。ただし、自治体職員は定年まで異動を繰り返す。もし適性を見るという目的なのであれば、30代以上の職員の異動の必要性は低いと感じる。
筆者の前職時代に、営業職からSE職に異動を希望していた人間は、「新卒と同じ給与に下がってもいいから異動したい」と異動希望を出していた。異動直後に発揮できるパフォーマンスから考えたら、本来そのような視点は当然だ。むしろ、年次で給与が上がる役所だからこそ、専門領域外への異動は民間以上に慎重になるべきだろう。
● 専門性を重視しない自治体
自治体職員の異動のあり方について、筆者の意見を端的に述べる。まず、専門領域外への異動は「管理職」や「幹部候補」、そして、「当該領域への異動を強く望む者」に限定すべきだと考える。
そして、上記以外の専門領域内の異動は、同じ部局内にこだわる必要はない。人事の先進自治体と言われる豊田市では、市全体の業務を体系的にまとめ、部署をまたがる業務間においても関連性を見出す。担当者の経験や勘に頼る運用ではなく、暗黙知を形式知に変えた参考にすべき好事例だろう。
多くの自治体職員からすると、筆者の意見には納得感がないかもしれない。ただし、そのように感じる理由は、地方自治体が組織的・文化的に専門性の価値を低く見積もっているからではないかと思う。
たとえば、民間では広報業務には当然、専門性が必要だと考えられている。しかし、役所では「各部署から言われた通りに、情報を出していればいい」程度に思われていることが多いという。
なぜ、自治体では多くの業務に専門性を求めないのだろうか。その理由は、「専門性によってサービスの質を高めること」よりも、「事務処理能力によって既存サービスを維持・運用すること」が重要視されているからだ。
公務員の仕事は真っ先にAIに奪われる
「公務員の仕事は、真っ先にAIに奪われる」という言葉が飛び交う一方で、横浜市、川崎市、千葉市などではいち早くAIの実証実験や検証を進めている。さいたま市では認可保育施設の入所希望者を割り振る実験をしたところ、30人の職員が計50時間かけて行う作業が数秒で終わったという。
さかのぼると、技術革新は民間企業から多くの仕事を奪ってきた。元大手建設会社の退職者はこう振り返る。「昔、見積もりサポート役の5人がソロバンで積算をしていた。電卓が普及すると3人になり、パソコンが普及すると非常勤1人になった」。
5年後なのか、10年後なのか、20年後になるのかはわからない。しかし、さらなる技術革新によって、破壊的な人員削減は必ず自治体でも起こるだろう。
● 「公務員は安定」という時代は終わりつつある
どこからともなく、「公務員にはクビがないから安心だ」という声が聞こえてきそうだが、本当にそうだろうか。今後、国や地方ではさらなる財政の悪化が予想されるが、時を同じくして、技術革新が企業の解雇を誘発する可能性もある。常日頃から批判の的になりがちな公務員の身分保障が、その矛先となるのは想定できる範囲にあるだろう。
そもそも、地方公務員法の第28条では、「勤務実績が良くない」「予算の減少により廃職又は過員を生じた」という場合でも、「職員の意に反する免職(※民間の『解雇』に相当)」について条例で定めることで、免職処分が可能となっている。
事実、2015年に大阪市は独自で定めた条例を根拠として、「勤務実績が良くない」ことを理由に免職処分を行った。
「公務員は安定」という時代は、静かに終焉を迎えつつある。だとすれば、幹部職は若手・中堅職員の未来を守るため、若手・中堅職員は自らの未来を守るためにも、最適な人事制度や制度運用の抜本的な見直しを進める時期に来ているのではないだろうか。
「自治体職員の未来を守る人材育成」を突き詰めていくと、専門性の高度化を避けて通ることはできないはずだ。そして、専門性に最も悪影響を及ぼしているのは異動である。3年周期で異動を繰り返す上に、頑張っても給料が上がるわけでもない、むしろ組織内では嫌われることすらある。その環境下であっても、志高く、専門性を高める努力を重ねる公務員が少なからず存在していることが、そもそも、奇跡のような話なのである。