習志野市  谷津遊園に宙返りコースター

習志野市

谷津遊園に宙返りコースター
昭和52年(1977年)に日本初の宙返りコースターとして華々しくお目見えしました。そもそも谷津遊園は、開園当初から画期的なアイデアを多く導入するなど、娯楽施設として大変なにぎわいをみせていました。
開園は大正末期と古く、昭和に入ってからは、シンボルとして楽天府(千葉市に現存)という娯楽場をつくり、海水プールもできるなど、さらににぎわいを増していきます。また、同じころ無声映画の大スターだった阪東妻三郎の「大日本自由映画プロダクション・阪妻関東撮影所」があり、多くの作品が制作され、近所の住民も多数エキストラで参加していたそうです。

昭和26年(1951年)に淡水プールが新設され、菊人形展、バラ園、フラワーカーニバルが開かれ、マンモスプール、ジェットコースターなど次々に開設され、園内は関東一円からの日帰り客でいつもいっぱいでした。
黒字経営の谷津遊園でしたが、親会社の京成電鉄とアメリカのディズニーとの間でディズニーランドの建設計画(昭和58年開園)ができ、昭和57年(1982年)に幕を閉じることになります。大好評だった日本初の宙返りコースターもわずか5年という短い年月で撤去されましたが、引き取られた先で活躍しているとのことです。

 

本日、習志野市秋津自宅より依頼を受け、お伺い、車椅子にて

習志野市谷津 モリシア津田沼に行かれました。