船橋市 女子ゴルフ界の新ヒロイン・小祝さくらが母と見た夢
北海道で生まれ育った20歳の女子ゴルファーが、今年めざましい活躍を見せている。そんな彼女には、スナックで働きながら、女手ひとつで子育てをする母との「道産子純情物語」があった―
祖母が語る「さく」
小祝さくら(20歳)の祖母・泰子さんは、孫の姿を思い出しながら、照れくさそうにこう語った。
「さく(小祝さくら)が打つ時は怖くてテレビが見れません。インタビューの時も、ちゃんと話すことができるか心配でまともに見れないんです。こんなに活躍するなんて、想像もしていませんでしたから。
出来すぎだと思います。これも、親子の二人三脚でやってきた結果です。そもそも、あの子は運動が苦手。北海道育ちなのにスキーもスケートもできないんです」
スポーツ界において、「黄金世代」という言葉がよく使われる。野球では、田中将大(29歳)や柳田悠岐(29歳)らの「マー君世代」が有名だろう。
そして今、もっともスポーツ界を賑わせているのが女子ゴルフの「黄金世代」だ。史上最年少の15歳でツアー優勝を果たした勝みなみ(20歳)や、国内最高峰メジャーの日本女子オープンを連覇した畑岡奈紗(19歳)など、今や女子プロの一大勢力となりつつある。
そんな彼女たちのなかでも、とりわけ注目を集めている選手がいる。プロ2年目にしてツアー賞金ランキング6位(約5900万円)と世代トップの成績を誇る小祝さくらだ。
まだ優勝経験はないが、今年度出場した29試合中7試合でトップ5に入る安定感を見せる。
小祝がプロ入りするまでコーチを務めた澤村英樹氏は、こう称賛する。
「普通のゴルファーとは違うメンタルを持っています。とにかくミスを引きずらないのが、彼女の一番の強みだと思います。物怖じしないし、プレッシャーを感じない。
目の前の目標を一つ一つ、淡々とクリアするんです。ふわっとした子ですが、誰よりもゴルフに対しては真面目で職人気質。なにより練習熱心でした」
澤村氏は、こんなエピソードも教えてくれた。
「彼女がアマチュアの大会で優勝した時、(ゴルフをする)僕の娘も勝てるようにと自分の優勝カップを手渡してくれたんです。娘に『澤村プロにも優勝カップをあげたいね』と言っていたとか。
自分の母親は勿論、僕や周りの人たちを喜ばせるためにゴルフをしているんだなと思いました」
壇蜜似の色白美人で、実力は折り紙つき。だが、その華麗さとは裏腹に、ゴルフ界の新ヒロインには、平成の世には似つかわしくない苦節の物語があった――。
「大黒柱にならなきゃ」
小祝の出身は、北海道の札幌市と新千歳空港のちょうど中間地点にある北広島市。
「ゴルフ銀座」と呼ばれるほどゴルフ場が多い市内の大曲地区に、彼女の実家がある。
練習拠点としていた札幌リージェントゴルフ倶楽部までは、実家から車で5分ほど。
そこではかつて、毎日のように美人親子が練習に励む姿が見られた。小祝と、その母・ひとみさん(38歳)だ。
シングルマザーのひとみさんは、札幌郊外のスナックで深夜まで働きながら、小祝と弟の歩夢くんを育ててきた。
「お母さんがゴルフを習うにあたり『一緒にできたら』と、8歳のさくらさんも始めたそうです。母子家庭で家を空けることが多いので、休みの日くらいは一緒にいられるようにしたかったのでしょう。
『お母さんと一緒にいたい』という気持ちがゴルフ熱を駆り立てました」(前出・澤村氏)
それから、すぐに地方大会を総ナメ、中学・高校時代は道内で「敵なし」の活躍を見せるまでに成長したという。
「プロになることへの意識は中学生くらいからあったと思います。あまり裕福でない家庭環境から、『自分がプロとして稼いで一家の大黒柱にならなきゃ』と自覚していました」(前出・澤村氏)
札幌市内にある通信制高校に入学した小祝は、家におカネを入れるために、練習場としても利用していた前出のゴルフ場でアルバイトを始める。本誌記者は、現地で当時の話を聞いた。
「もともと彼女は、中学生で当ゴルフ場の正会員になりました。費用は30万円と、安い金額ではありません。
高校に入ると本人から『昼間にアルバイトをさせてくれませんか』とお願いされました。スタート時の時給は850円。すべてお母さんに渡していたそうです」(支配人の堀内慎二氏)
週に4回は出勤していたという小祝は、朝6時から15時まで客のゴルフバッグをカートに積み込む仕事をしていた。勤務が終了すると、ひとみさんと空いたコースを使って練習、車で自宅まで一緒に帰る毎日を送っていたという。
「勤務態度は非の打ちどころがありません。朝も早いのに、一度も遅刻しませんでしたね。そういった自己管理は昔からできていました。
当時、月の半分は出勤、残り半分は試合の遠征という過酷な日々です。試合のエントリー代や遠征費に加え、練習場の代金を払うとなると月に数十万円はかかります。
楽な生活ではなかったと思います。高校生ながらプロの大会に出ていましたが、ネットオークションで購入した9000円の中古クラブを使っていました。
お母さんは素人でしたから、技術的な指導をしていたわけではありません。どこか気を抜いているとか、気持ちが入っていないとか、そうした甘えが練習中に出た時に厳しく叱っていました。そこは、肉親だからこそわかる部分だと思います」(前出・堀内氏)
冬はゴルフ場が閉鎖してしまうので、その間の4ヵ月間はひとみさんと鹿児島へ行き、現地で仕事をしながら練習したこともあったそうだ。そうして、母とプロを夢見て頑張って来たのだ。
小祝を支えていた家族はひとみさんだけではない。冒頭に登場した祖母の泰子さんもその一人だ。現在、泰子さんは札幌リージェントゴルフ倶楽部のコース内にある茶屋で働いている。
「さくは、目立つのが嫌いなごく普通の子で、家に帰れば年の離れた弟とケンカばかりしています。まだまだ子供ですよ。活躍は嬉しいですし、応援しています。期待もありますが、家族としてはこんな成功が長く続くのか不安というのが本音です。
ひとみは三姉妹の次女。長女も三女も道内に住んでいて、さく親子をフォローしています。長女は、さくが北海道に帰って来た時の送迎役、私と同居している三女は、さくの弟の面倒を見てくれています」
母のスナックは大繁盛
現在、小祝親子は千葉県・船橋市に暮らしている。上田桃子(32歳)のコーチも務める辻村明志プロに師事して、彼の練習場の近くに部屋を借りているという。そこから、毎週ツアー遠征に向かっているのだ。小祝家について、泰子さんはこう語る。
「さくの弟はゴルフの経験もありますが、今はプロレスラー志望。夢を叶えるためにレスリング教室に通っています。
実は私もプロレスが大好きで……。その影響もあって、小祝家は全員プロレス好き。
北海道で興行があると家族で観戦に行きます。ちなみに、さくはオカダ・カズチカのファンです。
自分の娘ですが、母親のひとみは本当に頑張り屋さん。色々な仕事を経験していて、15歳で建築関係の仕事をやっていたこともあれば、保険のセールスもやっていました。
スナックの仕事は、もともと雇われママだったのが自分で店を持つようになりました」
最近は、年に数えるほどしか出勤しなくなったというひとみさんのスナックを訪ねてみた。
小祝の実家から車で20分ほど走ると、国道近くの小さな雑居ビルに「snack tiara(ティアラ)」という紫色の看板が見える。ここが、ひとみさんがオーナーを務めるお店だ。
お店に入ると、ひとみさんの妹・めぐみさんがママとして働いていたので、話を聞いてみた。
「いまは、姉がさくとツアーに行っているので、代わりに私がやっています。姉は気が強いので『負けるもんか』という気持ちでやっているんじゃないでしょうか」
今年で開業して8年目になるという「snack tiara」には、営業が始まって10分もしないうちに常連の客が集まってきた。カウンター席の他にボックス席もいくつかある広めの店内には、ひとみさんが張ったという小祝の写真やポスターが並べられている。
「いい意味で、今っぽくない親子です。2人のドラマは訴えてくるものがありますよね。日本人の心に響く選手だと思います」(前出・堀内氏)
「黄金世代」小祝さくらが初優勝して、親子ともにティアラのようなまぶしい笑顔を見せてくれるのが楽しみだ。