船橋市 紙芝居でパラリンピックの魅力伝えるコンビ
パラリンピックの競技や魅力を、日本伝統の「紙芝居」で伝える異色コンビがいる。漫画家学会の渋谷画劇団に所属する足に障害のある女性紙芝居師かみはる(28)と、元吉本興業の芸人だったヤムちゃん(39)だ。16年から渋谷区内の小学校などでパラ4競技を紹介する紙芝居を上演。さらにオリジナル紙芝居「なるほど! パラスポーツ!!」が、今年から東京都オリンピック・パラリンピック教育の教育支援プログラムに選定された。都が掲げる“20年大会でパラ会場を満員に”の目標達成へ、2人の地道な活動が大きな力になる。
2人の紙芝居は読み聞かせではない。子どもたちに直接話しかけ、アドリブも交えながら、会場一体で進行する。2本のつえを操るかみはるのパフォーマンスに、子どもたちの視線がくぎ付けになる。ヤムちゃんの話術に会場が笑いに包まれる。「なるほど! パラスポーツ!!」は、車いす、競技、クラス分けなど、パラリンピックのすべてが網羅されている。それを分かりやすく、楽しく紹介していく。
ヤムちゃん 僕らは何より子どもたちとのコミュニケーションを大切にしています。舞台から顔が見渡せるので、難しい顔をしていたら、かみ砕いて、時間をかけて話します。映像は一方通行だけど、紙芝居は観客とキャッチボールができる。そこが良さですね。
かみはる 同じ紙芝居でも言葉やアドリブでいくらでも内容を変えることができます。会場と一緒になって楽しめるように、クイズも織り交ぜています。
16年に渋谷区と提携して、「なるほど~」とは別のパラ4競技の紙芝居を、区内の幼稚園や小学校などで上演してきた。通算上演時間は約1000時間。この2年間で周囲の変化を肌で感じているという。
かみはる 同じ学校を回ると、最初は「パラって何?」という反応だったのが、最近はパラのことをみんなよく知っています。だから今は競技の説明に時間を割いています。
ヤムちゃん 僕は先生の変化が印象的です。最初は「そんな話をして大丈夫なの」と身構える先生が多かった。「手がない」と言うと過敏に反応する先生もいました。障害に対して壁があった。それが回数を重ねるうちに、壁が低くなったように感じます。
2人の経歴は異色だ。
かみはるは先天性股関節脱臼で生まれつき足に障害がある。2度の手術を乗り越え、夢だった声優を目指して東京アナウンス学院に入学した。その1カ月後、変形性股関節症を併発して、つえを必要とする生活になった。21歳だった。
かみはる もう声優にはなれないと思って、化粧もしなくなりました。電車で座っていると「つえ偽物だろ」と言われたり、イヤな思いもたくさんして、後ろ向きなことばかり考えるようになりました。
2年の時に転機が訪れる。学校の選択科目に紙芝居学科ができた。講師がヤムちゃんだった。
ヤムちゃん 僕はもともと吉本興業の芸人だったのですが、09年に漫画学会の紙芝居師募集に応募して合格してから、紙芝居中心の生活になりました。授業で教えたとき、かみはるは暗かったけど、人より喜怒哀楽が豊かだった。声優より舞台で何か表現させた方が面白いと思いました。
ヤムちゃんに誘われて、かみはるは卒業後の12年10月、紙芝居師として活動を始める。しかし、当時は周囲に障害を隠していた。
かみはる 自分で障がい者だと認めたくなかった。障害者手帳を取得したら障がい者になると思っていたので取得していませんでした。つえも長い洋服で見えないようにしていました。
ヤムちゃんに何度も「障がい者紙芝居師は武器にもなる」と諭されたが、すんなり受け入れられなかった。そんな時、アンプティサッカー(※)を観戦して衝撃を受けた。15年だった。
かみはる 自分と同じつえを使って、しかも足がないのにサッカーをしている姿を見て、雷が落ちました。選手に話を聞いたら、「障害は関係ない。サッカーをやりたいだけだよ」と言われて、悩んでいた自分がすごく情けなくなって、そこから変わりました。
今、かみはるの障害はパラ紙芝居を演じる上で、大きな強みになっている。
ヤムちゃん 始める前にかみはるが2本のつえを突いて走ると、子どもたちの注目が一気に高まります。終わったあとは、かみはるの周りに子どもたちが集まってくるんです。
かみはる パラも伝えますが、私の体験談をちょっと話すと、子どもはすごく関心を持ってくれます。
2人は今も競技会場に足を運び、選手たちの声に耳を傾ける。ヤムちゃんは初級障がい者スポーツ指導員の免許も取得した。勉強は欠かさない。
ヤムちゃん 2人でいろんな競技を見に行って、そこで聞いたことをシナリオにしています。いろいろ考えたり、修正したりして、今の形になりました。
かみはる 子どもから「パラの始まりは?」とか、いろんな質問が出てきます。だから自分でも歴史など日々、勉強しています。
2人の紙芝居は実にパワフルで熱い。そのエネルギーの源はどこにあるのか。
ヤムちゃん パラ紙芝居をやる少し前、ウィルチェアーラグビーを観戦して、その面白さに衝撃を受けて、もっと多くの人に見てもらいたいと思った。単純に面白いものを広めたいという思いが強いですね。
かみはる 子どもから「手がない人の切断面はどうして丸いのですか」と質問されました。疑問に思うことをストレートに聞く。これはすごいことだと思いました。授業では止められるかもしれません。だからこそ、この時間が貴重なんだと思っています。
東京都は「20年東京大会でパラ競技会場を満員にする」という目標を掲げている。しかし、2人の夢はさらにその先にある。
かみはる 閉幕で終わりでは意味がない。障がい者はずっと障がい者なんです。だから今、障がい者でも紙芝居師ができる、夢のある仕事ができるということを、いろんな人に見てもらって、将来、障がい者が芸能活動とか、いろんな場面で活躍できる社会になったらいいなと思っています。
ヤムちゃん 僕が高校卒業後に留学したカナダの大学には、いろんな障がい者がいて壁がなかった。だから僕も障がい者には気軽に声をかけます。日本人は控えめで、なかなか声をかけられませんよね。20年大会をきっかけに、日本も障がい者に気安く声をかけられる社会になってくれたらいいと思っています。
本日、船橋市湊町自宅より依頼を受け、お伺い、車椅子にて
船橋市浜町ららぽーとトーキョーに行かれました。