なぜ韓国で日本への関心が急速に低下しているのか
韓国にとって2017年は激動の年だった。この年の1月、韓国の大統領は朴槿恵であり、国会で弾劾された彼女は、その有効性を争う憲法裁判所の判断を待つ立場にいた。ソウルをはじめとする韓国の主要都市では、弾劾支持派と反対派の双方による大規模デモが展開され、街には殺伐とした雰囲気すら漂っていた。
3月には朴槿恵の罷免が確定し、5月に行われた大統領選挙にて進歩派の文在寅が当選した。文在寅を待っていたのは苛酷な状況だった。国内では与党は全議席の3分の1をわずかに超える議席しか有しておらず、新政権は全ての閣僚を任命するのに半年以上を費やした。国外では北朝鮮が核やミサイルの実験を繰り返し、ポピュリスティックな傾きを持つトランプ新アメリカ大統領が、過激な言動を繰り返した。中国や日本との関係も円滑には程遠く、問題は山積しているように見えた。
さて、それから8ヶ月を経た今、韓国はどうなっているのか。最初に指摘すべきは、与えられた劣悪な条件を考えれば、新政権が予想より遥かに高いパフォーマンスを見せていることだ。文在寅の支持率は12月第1週の段階で依然70%台の高い水準にあり、文在寅は高い国民的支持を利用して巧みに野党の反対を押さえ込んできた。
THAAD撤廃を条件にしなかった中韓関係の「正常化」
予想より大きな成果を挙げたのは対中関係だった。中韓関係は朴槿恵政権末期のTHAAD(高高度ミサイル防衛システム)配備を巡る問題によって冷却化し、中国側は韓国への団体旅行客の渡航中断など、実質的な経済制裁を行ってきた。最大の貿易相手国である中国との関係改善は、文在寅政権成立時の韓国外交最大の懸案の一つとなっていた。
こう着した中韓関係改善の契機となったのは、10月10日の中韓スワップ協定延長合意だった。1997年に通貨危機を経験した韓国にとって、中国とのスワップ協定は、自らの通貨的安定を確保する命綱の一つと考えられてきた。だからこそ、中国がTHAAD問題で韓国により大きな圧力をかけたければ、その打ち切りを通告するのはありうべきオプションの一つだった。しかしながら、中国政府はこのオプションを行使せず、逆に協定延長により韓国に恩を売った形になった。
進んで中国政府は、同じ月の末、韓国との関係の「正常化」について合意した。注目すべきは、中国が韓国からのTHAAD撤廃を条件としなかったことである。つまり、中国からアメリカの要求で配備したTHAADの撤去を要求される、という典型的な米中対立の間に置かれた韓国は、中国側がこの問題から一歩引くことにより、窮地を脱したのである。
北朝鮮との対話は「進歩派政権としてのアイデンティティ」
とは言え、文在寅政権の施策の全てが上手く行っているわけではない。勿論、その一つは北朝鮮との関係だ。北朝鮮との対話を「進歩派政権としてのアイデンティティ」の一つとする文在寅政権は、北朝鮮側が核とミサイル双方の実験を繰り返す中でも、この姿勢を崩さずにやってきた。彼らはその為にアメリカを中心とする関係各国の同意を取り付け、その実現に依然努めている。
しかしながら問題は、このような韓国政府側の努力にも関わらず、肝心の北朝鮮が冷淡な対応に終始していることである。北朝鮮の挑発的な姿勢は、逆に朝鮮半島の緊張を激化させる要因となっており、韓国政府を大きく苛立たせることとなっている。
サンフランシスコの慰安婦像設置決定は朴政権期時代
さて、文在寅政権の対日政策はどうなっているのだろうか。まず明らかなのは、この政権における対日外交の優先度が極端に低いことだ。
この点については少し解説が必要かもしれない。例えば、日本のメディアを騒がす韓国内外での慰安婦や徴用工を象った銅像の設置は、各種市民団体によるものであり、文在寅政権の施策によるものではない。
その典型が現在、注目されているサンフランシスコの慰安婦像設置問題である。そもそもこの動きが始まったのは2014年であり、既に翌2015年にはサンフランシスコ市議会が全会一致で、慰安婦像の設置を決めている。当時は未だ慰安婦合意前、この種の活動に主として従事する進歩系市民団体と厳しい対立関係にあった朴槿恵政権期のことである。
銅像設置への動きが具体化したのは、今年に入ってからのことで、この時点では朴槿恵は国会での弾劾の結果として、職務停止状態にあり、韓国政府は外交政策を満足に行うことすら出来なかった。他方、文在寅政権が発足したのは、2017年の5月。それ以前の海外での状況が、未だ発足もしていなかった文在寅政権の施策の結果である筈がない。
韓国国内は一枚岩ではなく、ましてや国外にある市民団体が韓国政府の統制下にある訳ではない。加えて言えば、様々な施策が銅像のような具体的な形になるまでには一定の時間がかかる。だからこそ、ある時点での何かしらの「結果」の原因を、その「結果が出た時点での政権」に求めるのは、時に大きな間違いなのである。
実際、市民団体等の動き等を切り離して冷静に眺めた時、発足後の文在寅政権の対日政策の印象は大きく変わってくる。文在寅をはじめとする現政権の要人は、日韓関係に対して矛盾に満ちた断片的な言及やパフォーマンス――その一つがトランプ訪韓時の晩餐会での出来事である――を行う一方で、具体的な施策は何一つ明らかにしていない。例えば、慰安婦合意について韓国政府は、政府スポークスマンが見直しを示唆した発言を行ったかと思えば、これを即日取り消している。また徴用工問題については、文在寅自身が自らの韓国内での発言を、安倍首相との電話会談で修正する一幕すら存在した。
明らかなのは、この政権が発足から半年以上経た今日においてすら、具体的な対日政策を何も決めず「放置」していることである。だからこそ、彼らは日本との間の歴史認識問題に関わる様々な市民団体の動きを後押しもしなければ、統制もしていない。
背景にあるのは、韓国国内における日本への関心の急速な低下である。象徴的に示しているのが慰安婦合意を巡る状況である。周知のように韓国世論はこの合意に否定的な感情を有している。保守政権であった朴槿恵政権が結んだ慰安婦合意に対する反感は、進歩派政権である文在寅政権にもあり、彼らが可能であれば合意の見直しを行いたい、と思っていることは疑いない。だからこそ、韓国世論の強い圧力に押されて、進歩派政権である文在寅政権が慰安婦問題を巡って日本への猛烈な動きを行う状況を作り出して当然に見える。
しかしながら、現実にはそのような事態にはなっていない。その理由はただ一つ、実は慰安婦合意見直しを迫る「世論の強い圧力」、それ自体が存在しないからである。確かに人々は慰安婦合意に対して不満を有している。だが、この不満は政権の支持率などに影響を与えるようなものではない。人々がより大きな関心を持っているのは、北朝鮮や中国、アメリカとの関係であり、何よりも自らの生活に直結する国内問題だからである。だからこそ、文在寅政権は取り組みの難しい対日関係を巡る懸案を、意図的かそうでないかはともかく、全て後回しにしてここまできたことになる。
平昌冬季五輪は2月8日に開幕する ©getty
日韓関係最大の変数は「文在寅政権の支持率」
それでは、韓国外交の今後はどのようになるのであろうか。最初の鍵は2月に開催される平昌冬季五輪を契機にして、南北対話が実現するかである。韓国政府はこの機会に大きな期待を寄せており、ここが当座の最大の注目ポイントとなるだろう。
とは言えより大きな問題は、中国を巡る問題である。こう着状態にあったTHAAD問題で、韓国側に譲歩を見せ、巧みな「損きり」を行った中国は、スワップ協定延長と合わせて文在寅政権に大きな「貸し」を作った。中国にとっては北朝鮮問題も韓国に対する重要なカードとなっており、アメリカが保護主義的傾向を強める中、韓国国内の中国への期待は再び大きくなっている。この機会に中国が韓国への影響力をどこまで拡大させるかは短期的のみならず、中長期的にも重要になってくる。
日韓関係については、最大の変数は「文在寅政権の支持率」であるかも知れない。周知のように韓国の歴代政権は自らの支持率が落ちると世論への抵抗力を失い、対日政策を強硬化させることを繰り返してきた。文在寅政権の対日関係の事実上の「放置」は、同政権の極めて高い支持率に支えられてきた部分があり、この支持率がどうなるかは注目である。
しかしながら、より重要なことがある。それは現在の文在寅政権による対日関係の「放置」とも言える状態が、結果として、日本政府側の慎重な対処が必要な状況を作り出していることである。つまり、韓国政府の「放置」の結果、歴史認識問題の主導権は、朴槿恵政権時代の「政府」から再び「市民団体」に移りつつある。政府間合意に左右されず国境をこえて活動する彼らの動きにどう対峙するか。場合によっては、日本側の動きこそが大きな撹乱要因になる可能性もありそうだ。
【1/2追記】文中に「今年」とあった表現を「2017年」に修正しました。