トランプの「イラン核合意離脱」で、戦争になるの?

トランプの「イラン核合意離脱」で、戦争になるの?

そもそも「イラン核合意」って一体なに?
イランは世界有数の石油大国だ。

その国で2002年、ウラン濃縮施設を建設していることが表面化し、米国やイスラエルは「イランが核兵器をつくろうとしている」という強い疑念を抱いた。イラン側は「平和的な原子力利用しか考えていない」と核兵器の開発を否定したが、米国は経済制裁を科した。【BuzzFeed Japan/貫洞欣寛】

イランは以前、パーレビ国王独裁の親米王政で、米国から最新兵器を買い続け、「(ペルシャ)湾岸の憲兵」とまで呼ばれた。だが、貧富の差の拡大などから1979年に革命が起き、イスラム教シーア派の法学者らが力を握る「イスラム革命政権」に変貌した。

さらにこの年、テヘランの米国大使館が学生らに占拠され、人質まで取られる事件が発生。それ以降、米国の歴代政権は、イランを敵視してきた。

イランを巡る緊張が続く中、ドイツやフランスなどが仲介し、イランに対する経済制裁を緩和する代わりに、イランは核兵器の生産につながる高濃縮ウランの製造などを行わないという合意が、2015年に結ばれた。

この交渉には、当事者のイランのほか、米国、英国、フランス、ロシア、中国の国連安保理常任理事国(P5)に加え、ドイツが関わった。

ワシントンで共同会見を開くマクロン氏とトランプ氏
トランプ政権が離脱すると、合意は終了?
そうとは限らない。

合意の関係国にはイランと米国だけでなく、P5とドイツも含まれる。

そもそも、トランプ政権が合意からの離脱を匂わせ始めた段階から、米国以外の全関係国は、合意にとどまるようトランプ氏に求めていた。

4月にはドイツのメルケル首相やフランスのマクロン大統領が相次いでワシントンを訪問し、トランプ氏に合意を守るよう、直接の説得を行った。

イギリス、フランス、ドイツ3ヵ国の首脳は、合意離脱を批判し、「我々は合意の履行を続ける」とする声明を出した。イランのザリフ外相も「参加国がイランにとって利益を保証できるかどうか、外交努力を続ける」とツイート。すぐに合意からは離脱せず、米国の動向を注視する姿勢を示した。

合意を結んだオバマ前大統領はトランプ氏の決定を「合意があったからこそイランの核開発を避けられた」「離脱はアメリカへの信頼を失わせる」などと強く批判した。

合意離脱を働きかけてきたのはイスラエル
AFP=時事
こうした流れに対抗し、合意を破棄するようトランプ氏に強く働きかけたのが、イスラエルだ。

ネタニヤフ首相は4月末、「イランが過去に核開発を続けていた証拠がある」と述べ、イスラエルの情報機関がイランから持ち出した「秘密ファイル」とする資料を発表した。

それによると、イランは2003年まで核兵器開発を進めていたという。イラン側は「国際原子力機関(IAEA)がすでに把握している、昔の疑惑。核開発の意思はない」と反論した。

なお、トランプ氏の娘婿で大統領上級顧問のジャレド・クシュナー氏はユダヤ教徒で、イスラエルを支持してきたことで知られる。

この時期にこのような発表を行ったネタニヤフ首相の狙いは、トランプ氏に核合意からの離脱を求めること以外に考えられない。
イスラエルの行動の背景には、パレスチナ問題とシリア問題が
イスラエルがイランを強く非難する背景には、パレスチナ問題とシリア問題、レバノン問題を通じ、イランがイスラエル包囲網を築いていることにある。

イランは、イスラエルの南側にあるパレスチナ・ガザ地区を実効支配するイスラム主義勢力ハマスを資金的に支援してきた。イスラム教の教えに則ったパレスチナ解放を求めるグループで、イスラエルに対する武装闘争を続けてきた。

さらに北側のレバノンでは、イランが結成させたイスラム教シーア派の政治・軍事組織ヒズボラがいる。イスラエルが国境を接するレバノン南部はイスラム教シーア派の住民が多く、そこで1980年代からイランが資金や武器を提供し、反イスラエル闘争を行える軍事力を持つ組織を作り上げてきたのだ。

2006年にはヒズボラとイスラエル軍が軍事衝突した。

中東最強といわれるイスラエル軍は、ヒズボラに大きな打撃は与えたものの壊滅できず、むしろ領土内に多数のロケット弾を打ち込まれることとなり、政治的にはおおきなダメージを受けた。

2018年5月8日、ダマスカスでイスラエル軍のミサイル2発をシリアの防空システムが迎撃したとする、シリア国営通信が伝えた画像
イスラエルは包囲網を警戒
イスラエルの北東にあたるシリアでも、イランはアサド政権に対し、武器や資金を提供している。ロシアとも協力関係にある。

イランの影響下にあるレバノンのヒズボラ民兵をシリアに動員し、アサド政権軍と共闘させているほか、イラン人軍事顧問団やアフガン難民などの義勇兵などを送り込んでいる。これはイスラエルにとって、イランによるあらたな包囲網の構築とうつるのだ。

イスラエルはここ数ヶ月、シリア領内にあるヒズボラやイランの軍事施設に対する空爆やミサイル攻撃を繰り返している。

で、戦争になるの?
結論からいえば、すぐにはならない。

まず、米国以外の関係各国は合意を維持することを望んでいる。イランを追い詰めて本当に核武装に向かわせるくらいならば、互いに交易関係を深めてwin-winのかたちにした方がいいと考えている。

しばらくは、トランプ政権がこれから発表する新イラン制裁の内容などを待ちながら、にらみ合いが続くことになるだろう。

また、年々経済規模を拡大する中国や、米国とは友好関係を維持しながらも外交政策では一線を画すインドなどがイランからの石油輸入を増やしており、米国が制裁を再開したとしても、こうした国々がイラン産石油の輸入停止や、イランとの交易中止を行うことは考えにくい。米国が制裁を強化すればイランにとって打撃とはなるが、すぐに困窮化することもなさそうだ。
狙いとは逆の結果も
合意からの離脱は、トランプ氏が狙うイラン弱体化より、むしろ中東での米国の影響力低下をもたらす可能性もあるのだ。

中東の政治力学は複雑だ。強引な手段が、狙いとは正反対の結果をもたらすことは珍しくない。

一例を挙げよう。

イランを敵視し、レバノンでヒズボラの影響力が強まることを嫌うサウジアラビアが2017年11月、レバノンのハリリ首相をサウジに呼んだ。ハリリ氏は「イランとヒズボラが対立を広げている」「私は命を狙われている」としたうえで、「首相を辞任する」との声明をサウジから出し、しばらく帰国せず姿を消した。

不自然な経緯に、サウジから圧力を受けたと見方が広まり、ハリリ氏は辞意を撤回した。なお、ハリリ氏はレバノン人の父親の元、サウジで生まれ育った。

そして、2018年5月に行われたレバノン総選挙で、ハリリ派は大きく議席を減らし、ヒズボラの影響力がさらに強まることとなった。強引な手段が、狙いとは正反対の結果を出すことになったのだ。

米国の代わりに存在感を示しているのが、ロシアとフランスだ。

ロシアはシリアでアサド政権を支えて派兵。イランとも友好関係にある。フランスのマクロン大統領はトランプ氏に合意離脱を踏みとどまるよう説得に走ったほか、昨年11月のハリリ首相辞任騒動のときも、ハリリ氏をパリに招き、仲介に入った。

日本への影響は
二つの面で、日本に影響が出るだろう。

2015年にイランに対する経済制裁が解除されたことで、イラン市場への日本企業の進出が再開し、イラン産石油の輸入も進んだ。

だが、トランプ政権が「イランと取引を続けるアメリカやその他各国の企業が、アメリカの銀行と取引することを禁じる」といったかたちでイランへの経済制裁を加えれば、日本企業を直撃することになる。

そうなれば、再びイランとの取引を絞るか、制裁を受けないかたちでの商品や資金流通のかたちを模索することになる。

もう一つは、北朝鮮の核開発問題への影響だ。

アメリカは日本とともに、北朝鮮に核兵器の放棄を求めている。

今回のトランプ氏の行動を、金正恩氏がどう受け取るか。それが、これから行われる米朝首脳会談の行方にも影響しそうだ。