北朝鮮は平昌五輪で破壊工作に乗り出すか
去る11月、大韓航空機(KAL)爆破テロ事件から30年ということで金賢姫にインタビューした。日本人の「真由美」に偽装し犯行に及んだ北朝鮮の“美貌の工作員”は、北朝鮮の国家テロの“生き証人”として生かされてきた。当時25歳だった彼女も今や55歳。韓国生活の方が長くなったにもかかわらず、言葉のはしばしに今なお北朝鮮ナマリが残っているのが印象的だった。
彼女が30年前、乗員乗客115人を乗せた国際線KAL機を空中爆破させたのは、翌1988年に迫ったソウル・オリンピックを阻止するためだった。彼女は工作機関の朝鮮労働党対外情報調査部の部長からこう命令されたという。
「南朝鮮の飛行機を落とす理由は、1988年オリンピックを前にして南朝鮮の傀儡どもが二つの朝鮮を策動しているのでこれを防ぎ、敵に大きな打撃を与えることにある」
「二つの朝鮮を策動」とは、北朝鮮とだけ国交のあったソ連や中国など共産圏が、ソウル五輪参加を機に韓国を認める動きを見せていたことを意味する。そのためKAL機爆破テロで「危ない韓国」「不安な朝鮮半島情勢」を国際社会に印象付け、ソウルで五輪開催ができないようにしようとしたのだ。
北朝鮮のこの懸念は歴史的に見れば的中している。ソ連・中国など共産諸国はその後、韓国との国交樹立に向かい、ひいては「ベルリンの壁」崩壊という東西冷戦終結につながった。共産圏の支持・支援を失った北朝鮮は国際的に孤立し、100万単位の餓死者を出す「苦難の行軍」を余儀なくされ、さらに核開発に走ることになる。
あれから30年。「朝鮮半島危機」のなか韓国ではまたオリンピック開催が迫っている。冬季五輪開催地の「ピョンチャン(平昌)」は国際的には「ピョンヤン(平壌)」とよく間違われるが、韓国北端で北朝鮮と分断された江原道に位置する。北朝鮮としては指をくわえたままでいるわけにはいかないだろう。
金正恩はピョンチャン五輪にどう出るか? かねてからの「朝鮮半島核戦争の危機」を国際社会に印象付けるため、1988年方式で五輪妨害・破壊工作に乗り出すかもしれない。あるいは「30年前の失敗」を教訓に、和平あるいは平和を演出し、軍事圧力をかける米韓や制裁強化の国際社会を反転させようとするのか。
国際社会としては30年前の「まさか」を教訓に心構えと備えは欠かせないが。
東アジアでは今後、オリンピック開催が相次ぐ。ピョンチャン冬季五輪の後は2年後の2020年に東京五輪、その2年後の2022年には北京冬季五輪が予定されている。
オリンピックはしばしばきわめて政治的である。思い出せばソウル五輪の前には、1980年モスクワ五輪はソ連のアフガニスタン侵攻に抗議する米国、日本など西側諸国がボイコットし、1984年のロス五輪はソ連、東ドイツなど共産圏が対米報復でボイコットしている。そのため東西両陣営が久しぶりに勢ぞろいした1988年ソウル五輪は「壁を越えて」が合言葉になった。
今回のピョンチャン五輪は「北朝鮮の影」を意識せざるをえない。日本の安倍首相も中国の習近平主席も国内で基盤を固め、自分たちのオリンピックも控えているだけに開会式出席は必至である。国際的に影が薄かった(?)韓国の文在寅大統領にとっては存在誇示の絶好のチャンスだ。少し格落ちだが、小池東京都知事はどのタイミングでピョンチャンに出かけるのだろう。新年の東アジアは北朝鮮情勢を念頭に“オリンピック外交”が見ものである。