松戸市

美しさはないけど？　宇宙飛行士生んだお茶の水女子大付高、農業実習でたくましく

2010年にスペースシャトル「ディスカバリー」に搭乗し、現在は宇宙に関する政策立案などの仕事にかかわる宇宙飛行士の山崎直子氏（47）。華やかなイメージもある宇宙飛行士だが、「求められるのは忍耐、協調性、コミュニケーション能力」という、どちらかと言えば大切だが地味な資質。それらを山崎氏は、国立お茶の水女子大学付属高校（お茶高、東京・文京）時代に育んだと話す。
高校受験を控えた1986年1月、スペースシャトル「チャレンジャー」の爆発事故が起きた。
チャレンジャー打ち上げの様子が日本にも衛星生中継されるということで、宇宙好きだった私は、受験勉強の手を休めテレビの前に座っていました。7人の宇宙飛行士たちが手を振りながら搭乗する映像をワクワクしながら見ていましたが、彼らを乗せたチャレンジャーは発射数十秒後に爆発。目の前で起きた信じられない出来事に大きなショックを受けました。でもそれは、私にとって、宇宙が初めて現実に感じられた瞬間でもありました。
宇宙に興味を持ち始めたのは、札幌に住んでいた小学校低学年のころです。札幌は星空がきれいで、宇宙好きの兄とよく一緒に、「星を観る会」に行ったり、天体望遠鏡で宇宙をのぞいたりしていました。千葉県松戸市に引っ越してからも、よく近所のプラネタリウムに通っていました。そうやって宇宙への興味を徐々に深めていきました。
ただ、当時の私にとっては、宇宙はあくまで「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」など、SFやアニメの世界。それが、チャレンジャーの爆発事故をリアルタイムで目撃したのをきっかけに、急に現実感を伴ったものに変わりました。将来は宇宙にかかわる仕事をしたい。そんな夢が芽生えました。
お茶高に入ったのには縁も感じた。
中学は普通の公立中学校でしたので、私も含めてみんなのんびりとしていました。でも、3年生になると一斉に受験モードにスイッチが入り、みんな塾に通い始めます。私も中3の夏休みから塾に行き始めました。
そこで初めて、自分と同じような全国の中学生が一斉に受ける全国模試というのがあることを知って驚き、自分が全国で何番目ぐらいにいるのかわかってしまうことにも驚きました。そうか、みんなこうやって切磋琢磨（せっさたくま）しているんだな、自分の知らない世界はたくさんあるんだな、としみじみ思いました。
わが家はとくに裕福というわけでもなかったので、両親は私が国公立に進むことを願っていました。塾の先生も、私の成績を見て「国立を目指してみたら」と励ましてくれたので、お茶高を第一志望にしました。お茶高は家から十分通える距離でした。
あとから親に聞いた話ですが、親はもともと私をお茶の水女子大学付属小学校に入れようとしていたようです。しかし、抽選に落ちて結局、付属小には入れませんでした。それから9年後に受験でお茶高に入ったのは、やはり何かの縁があったのだと思います。

女子校だから、自分たちで何でもやった。
別に女子校に入りたかったわけではありませんが、入ってみれば、女子校ならではの面白さが色々とありました。また、女子校だからこそよかったと思うこともたくさんありました。
例えば、教室内で一斉に笑い声が起きると、女子なので笑い声が甲高い。自分もその一人なのですが、最初は全体の笑い声の甲高さにびっくりしました。
また、余計な気遣いもなく、みんなざっくばらんに振る舞います。おしとやかにする理由もないので、運動会では、けが人が出るんじゃないかと心配するくらい、みんな本気でした。共学だったら男子がやるような力仕事も、自分たちでやらなければなりません。お陰で、お茶高の3年間でずいぶんたくましくなったと思います。
そうしたたくましさが身に付いたのは、女子校だからというだけではなく、お茶高の校風もあったようです。ほかの女子校でも教えた経験のある家庭科の先生が、あるとき、私たちに向かって「お茶高の生徒にはバラの花のような美しさはないけれど、その代わり、道端に咲く雑草のようなたくましさがありますね」とおっしゃったことを今でもよく覚えています。そのときは苦笑いしましたが、今思えば、褒め言葉だったのかもしれません。
たくましさといえば、お茶高には農場実習の授業が年に何回かあります。授業の日は全員ジャージー姿で電車に乗り、都内の西のほうにある農場に向かいます。現地では汗を流しながら、みんなで苗を植えたり草刈りをしたりします。秋の収穫時期には泥だらけになってイモ掘りをし、こぼれ落ちそうなくらいサツマイモを詰めたバッグを抱えてみんなで再び電車に乗り、好奇の視線を浴びながら帰りました。
どんな職業に就くかにかかわらず、こんなふうに若いころに五感を使って何かを学ぶことはとても大切なことだという気がします。農場実習がいまだにお茶高時代の一番の学びとして記憶に残っているのが、その証拠です。五感を使って学ぶことの大切さは、講演などでも常に訴えています。
また、農場実習は、文字通り泥臭い体験ですが、泥臭いことは楽しいことだということも学びました。宇宙飛行士の訓練もこれによく似ています。宇宙服を着た宇宙飛行士は格好よく見えるかもしれませんが、宇宙飛行士になるためには、地道な泥臭い訓練を積み重ねていかなくてはなりません。それを楽しんでやれることも大事です。
さらに、農作業は忍耐力も要りますし、仲間と一緒に効率よく作業するには協調性やコミュニケーション能力も非常に大切です。これも宇宙飛行士の訓練に似ています。

英語の授業で習った詩を、NASA（米航空宇宙局）での訓練中によく思い出した。
3年間担任だった先生は、とても優しい英語の先生でした。その先生が授業で、私たちにある英語の詩を教えてくれました。米国人の牧師がつくった「ニーバーの祈り」という有名な詩で、直訳すると「自分に変えられないことは受け入れる心の静けさを下さい。自分に変えられることは変える勇気を下さい。その両者を見分ける知恵を下さい」という感じになります。
世の中には自分の力ではどうにもならないことがたくさんある。でも、そうした中にも、自分でできる小さなことはたくさんある。そこに集中して努力していけば、道は必ず開ける。そういう意味だと私は解釈しています。
自分の力の及ばないこととは、例えば自然災害がそうですし、私にとってはスペースシャトルの2度目の爆発事故がそうでした。
私が宇宙飛行士としての訓練を始めて4年目の2003年、大気圏に再突入した「コロンビア」が空中分解し、7人の宇宙飛行士が犠牲になりました。事故後、米国の宇宙開発事業の先行きが不透明になり、そうした中で日々、訓練をしている時、この詩をよく思い出していました。私にとって心の支えでした。