習志野市
夏の甲子園・都道府県の区割りから見える「県内勢力図」が面白い
県を二つに割る
100回目の夏の甲子園が佳境を迎えている。
100回の記念大会である。
記念大会の楽しみは、出場校が多いところだ。
通常大会では1県1校プラス東京と北海道から2校ずつで49校が出場する。
ところが今回の100回大会は56校が出場する。いつもよりかなり多い。
どうせなら2の階乗である64校にすれば1回戦の不戦勝がなくなってわかりやすいが、そうなると予選参加の学校数が不均衡になるんだろう。
1つの県(都道府県)から2チームを出せるのは9つ。
いつもの北海道と東京に加えて、千葉、埼玉、神奈川、愛知、大阪、兵庫、福岡から2校が出場した。
予選から別エリアとして戦う。
つまり、県を2つに割るわけである。高野連の指示に飛び地を作らないという規定があり、つまり一本の線で分割線が引けないといけない。
県を2つに割る。
なかなかおもしろい。戦国時代みたいだ。
「国を二つに割って、欲しいほうをやる、そう殿はおっしゃったぞ!」
「そうか、やったのお、どこで割るんじゃ」
「それをいまから決める!」
知らんけど。いまおもいついただけだけど。でも、そういう感じがして「線を引いて県を2つに割る」というのは、なんだかおもしろい。
東京をどう割るか
たとえば「東京都を2つに割れ」と言われたら、どこで線を引くのか。
東京は南北には切りにくい。
やはり東西で切るしかない。どこで割るか。
東京都は、東に中心がある。東京都の東端が23区(かつての東京市)である。
だから2つに割るのなら、「23区」と「23区以外のいわゆる東京都下」の分割がわかりやすい。「中心」と「周縁」という割り方である(露骨に言うなら都会と田舎)。
高校野球の区割りはそれを基本にしている。しかし、それだと、「中心地区=東地区」の高校数が多すぎるのだろう。23区の西端の練馬区・杉並区・世田谷区が切り離されて、西地区に入れられている(2011年までは世田谷区ではなく中野区だった)。
まあ、そのへんは昔の江戸じゃないから、というような区分けなのかもしれない(それを言うと東端の足立区、葛飾区、江戸川区もまったく江戸じゃないですけど、まあそれはそれ)。
面積にすると、東のほうがずいぶん小さいが、東京都の西の端は「熊に注意してください」という看板がそこいらに出ている奥多摩町に檜原村だから、そうならざるをえない(東京にも内陸部に村があり、檜原村内には鉄道の駅は1つもない。電車ではいけない)。
東京都の2分割方法は、「中心部と周縁部に東西で割る」というものである。
これはこれでわかりやすい。ただ「周縁部にも(早い話が田舎のほうにも)そこそこ人が住んでいる」ことが必要で、さすがに首都東京には、23区以外にも人がたくさん住んでいて、高校もたくさんあるから、こういう分け方が可能なのである。
高校野球のための2分割なのだから、「野球部のある高校数」がだいたい同じにならないといけない。
今年の「都会のほう:東東京代表」は二松学舎大付、「田舎のほう:西東京代表」は日大三。
中心地がぶった切られた大阪
これと対照的なのが大阪府である。
こちらは南北分割だが、まん真ん中で二つに切った。
太閤秀吉が大きな鉈で南北にぶった切った、という感じである。
大阪市は、だいたい大阪府の真ん中にある。その大阪市自体を真ん中から切って、北と南に割った。
大阪市内には「キタとミナミ」というわりと狭いなかでの2つの文化エリアがあるが、それさえ分けている。「キタ(梅田・大阪駅エリア)」は北大阪ブロック、「ミナミ(心斎橋・難波エリア)」は南大阪ブロックに入っている。
東京を銀座―東京―上野エリア、と池袋―新宿―渋谷エリアに割って東西にするようなもので(大阪のキタとミナミは新宿―渋谷くらいの距離しかないんだけど)、大都市をまっぷたつにするのはなかなか見事である。
境界線は「中央通り」である。キタとミナミの境界線あたりになる「本町駅」のある通りだ。そこで切った。そのまま大阪を南北に切った。
なんというか、痛快で見事である。「半分に割る」という点では、大阪が見ていて、一番きれいな割り方になっている。
中心の大阪市を2つに割っているのが珍しい。
キタ代表は大阪桐蔭、ミナミ代表は近代付。
「南」のほうが有名な神奈川県
同じく中心市を割ったのが神奈川県である。
ここも横浜市を2つに割った。
北側の川崎寄りのところが北神奈川、横浜らしいところがある南エリアが南神奈川に入れられている。ざっくり言えば、南神奈川が海沿いで、北神奈川が山寄りのほうになる(南神奈川でも海に面してないエリアもそこそこあるが)。
相模原市と川崎市という政令指定都市は2つとも北に入って、あと横浜の北半分も入れての北神奈川エリアである。こっちのほうが大きくなりそうだが、横浜市の北半分というのは、ちょっと弱いのかもしれない。
南神奈川の中心は横浜市の南で、横浜港や中華街やみなとみらいや元町などの横浜らしいところはみなこっちに入っている。あとは、海沿いの小田原、鎌倉、茅ヶ崎、平塚、大磯なども南神奈川で、べつだん観光地で比べてもしかたないのだが、でも人気スポットの面でいえば、南神奈川に集中している。
そういう南北分けである。
大きさもだいたい同じくらいで(南のが少し広いが)、まあ順当な割り方におもえる。横浜市を2つに割ってるんだから、まあ、そうだろう。
神奈川のこの南北の分け方には、あまり歴史的な土地の力が感じられない。湘南エリアと横浜エリアの江戸時代からの確執とか、北神奈川と南神奈川の歴史的な対立とか、そういうのをあまり聞いたことがない。
それぞれのエリアごとに強く対立している空気があまりないのは、中心の横浜の歴史が浅いからのようにおもえる。
三河vs尾張の構図がここにも…
歴史的に古いエリアは、歴史的な区分に従っている。
まず愛知県。
そもそも愛知県人には、私の知る限り、愛知県人という意識があまりない。あのエリアに住む人は「尾張人」か「三河人」のどちらかであって、あまり統一した愛知というものに執着がないように見える。
三河の岡崎市のやつに「愛知っていえば、エビフリャーか、みゃーみゃー言うんか」と言うと「それは尾張、こっちは関係ない」と言い切る。「三河はじゃんだらりんだ」、とも言っていた。語尾に、じゃん、だら、りん、をつけるのが三河方言らしい。
尾張の名古屋市に三河のことを聞くと、ああ、あそこは別のエリアだから、とあまり教えてくれない。仲が悪いというよりは「別のエリアだから、一緒にするな」という主張が強い。もしあなたのそばに愛知県人がいたら、聞いてみればわかります。
尾張の偉人が織田信長と豊臣秀吉で、三河の偉人が徳川家康です(これも愛知県人にさんざっぱら聞かされた)。
だから、愛知県を2つに分けるには、尾張エリアと三河エリアに分ければいい。それで済む。どうやらそれ以外におもいつかないらしい。
尾張(西愛知)が87校、三河(東愛知)104校と少し参加校に差があっても、べつだん地元では文句が出ないのだろう。数字を合わせるために、三河の端っこが尾張に編入されたりするほうが反発が起こりそうだ。それぐらいにこの2エリアの区別はきちんとしている。いかにも古代より日本にあるエリアという感じがする。土地の力が異様に強い。
尾張代表(西愛知)は愛工大名電、三河代表(東愛知)は愛産大三河。
工業地帯・北九州と商業都市・福岡
福岡県もややそれに近い。
ここの歴史は日本より古い(日本国以前から国があったエリアだから)。
「北九州市」と「福岡市」の2つの中心地があり、その2つを中心に分割してある。
北九州市というのは、門司と小倉と八幡を中心に合併してできた市である。いまだに馴染まない名前なのだが(物心ついたときからこの名前だったが、私はずっと馴染まない)しかたない。
戦前の陸軍の工場や、あと八幡製鉄を始めとした重工業地区であり、背後には筑豊炭田がある。そういうエリア。旧国名で言えば、豊前と筑豊エリアになる(豊前エリアはいまは北九州エリアと呼ばれている。豊前全域ではないからそう呼ばれるのだが、馴染まない)。
いっぽう福岡市は、もと黒田藩の城下町であり、九州一の大都市として文化的な中心にある。ここが昔でいえば筑前エリア、その南に久留米などの筑後エリアがある。この2エリアはセットになっている。
重工業都市の北九州および炭田の筑豊地区が福岡県北部となり、城下町・福岡(+商人の町・博多)と、その南の筑後地区が福岡県南部になった。
歴史的に見ても納得できる区分けで、わかりやすい。
豊前・筑豊の北福岡代表が折尾愛真、筑前・筑後の南福岡代表が沖学園。
「北」がなかなか勝てない北海道
残りの4道県は、「中心地とそれ以外」の区割りになっている。つまり、東京方式に近い。
北海道は60年ほど前から南北に分割されている(1959年より)。
南に札幌、函館、小樽などの中心エリアが入っていて、それが南北海道。札幌のちょっと北からすーっと斜めに襟裳岬(の少し上)に向かって線を引いて、それより以北は北と分けられている。なんというか、北のほうがすごく広いが、熊も多そうだ(勝手な推測)。
南は本州に近いぶん、なんかいろいろと暖かそうだが、北はいろいろと厳しそうである。そういう南北分け。ちなみに駒大苫小牧の連覇などがあって「最近の北海道勢は強い」という印象があるが、それはだいだい「南」北海道代表のほうである。
「北」北海道は初戦負けが多く、ベスト8まで残ったのが最高記録である(1995年の旭川実業)。
北の大地の北北海道代表はまだベスト4以上に進出したことがない。
北の北・北北海道代表が旭川大、北の南・南北海道代表が北照。
神戸より東と「それ以外」
兵庫は東西に分割された。
「神戸」という中心地を含む東エリアと、それ以外の西エリアである。
「神戸」および「大阪と神戸のあいだ=阪神エリア」という都会エリアと、それ以外の地方エリアに分けられている。わかりやすく「都と鄙」(つまり都会と田舎)に分けられている。旧国名で、かつての「摂津国(その西半分)」が兵庫県東エリア、それ以外の淡路、播磨、但馬、丹後(西半分)が兵庫県西エリアになっている。
神戸が中心にある。それよりもっと大阪寄りのエリアは、甲子園球場のある西宮市をはじめとして、尼崎とか伊丹とか、兵庫県に属しているけど大阪府の延長にいるような雰囲気をしきりに出しているエリアで(たとえば尼崎市は兵庫県内なのに市外局番を大阪市と同じ06を取得していたりして、住民の意識がどっちに所属しているか微妙である)、ここを含めて兵庫県の都会エリアである。
神戸と阪神エリアは狭く、それ以外はすごく広い。面積比率は、おそらく5倍以上違うはずだ。山陰地方と山陽地方の両エリアにまたがった県であり(本州を旅するときにどうしても通らなければいけない県名としてときどきクイズに出る)、大阪に近い部分だけが飛び抜けて都会であり、それ以外は(一部を除き)本格的な田舎である。
それを反映した区割りになっている。
都会のほう東兵庫代表が報徳学園、田舎のほう西兵庫代表が明石商業高校。
東京に近い千葉と、東京から遠い千葉
区割りには、その都道府県の実情がよく反映されている。
千葉県も、「東京に近い都会部分」と「それ以外の田舎の部分」に分けられている。東京に隣接する西千葉が都会で、東千葉が田舎である。その面積比率は兵庫県に近く、西千葉が圧倒席に狭い。
ただ、ここは中心地である「千葉市」が都会側ではなく「地方側の東千葉」に入れられている。
千葉市は、東京都と隣接していない。
東京から千葉市に行くには総武(下総―武蔵)線なら、市川市―船橋市―習志野市を通っていくし、京葉(東京―千葉)線では先に浦安市を通り(ディズニーランドの駅です)、そのあと同じく市川市―船橋市―習志野市を通って千葉市に着く。
この浦安、市川、船橋、習志野などのエリアが「東京に近い西千葉エリア」である。あとは松戸市、柏市、流山市、野田市、印西市、佐倉市などが入る。
千葉市は、少し東京から離れているので、千葉県の中心地でありながら、地方側に入った。これによってバランスが取れるのだろう。千葉市は千葉県の最大都市で、人口も100万人近い。ただ船橋市、市川市、松戸市、柏市の4市の合計人口は200万人を超える。東京隣接エリアで、住民には“準東京人”意識が強い。
この県は「東京に向いてるエリア」と「千葉地元エリア」に分かれている。
東京に近いほう・西千葉代表が中央学院、千葉地元エリア・東千葉代表が木更津総合。
埼玉らしい埼玉と、東京っぽい埼玉
埼玉もそれに近い。こちらは南北に分けられた。
中心地のさいたま市(かつての大宮・与野・浦和)は比較的東京に近く、ここを中心に「東京に近い南部エリア」が南埼玉となった。それ以外のエリアが北埼玉である。
これも「東京に近い都会エリア=南埼玉」と、「埼玉らしい埼玉=北埼玉」に分かれている。
南埼玉のほうがエリアが狭いけれど、でも千葉や兵庫のように面積にすごい差が出ていない。
南埼玉エリアの、都会寄りの市がもともと大きいからかもしれない。飯能市とか所沢市あたりが、けっこう面積が広いからではないかとおもう(飯能市はマップで見てもかなり緑である)。
あと、埼玉の北端のほう、深谷市や熊谷市、加須市、久喜市などが意外と人口が多く、すべて10万人以上いる。千葉の端っこで人口が多いのは成田市だけなのと比べて、埼玉県は人のいる場所がきちんと分散している。その差なのかもしれない。
埼玉の北にはけっこう人がいるが、千葉の北にはあまりいないということだ。
埼玉は、新潟、長野、福島へつながっているけど(つまり上越線、信越線、東北本線が通っている)、千葉は茨城への常磐線しかなく、ちょっと北辺はたしかにマイナーな雰囲気がある。その差のように見える。
東京に近いほう・南埼玉代表が浦和学院、東京から遠いほう・北埼玉代表が花咲徳栄。
区割りを見ると、それぞれの都道府県なりの事情が見えてくる。
「中心部」と「それ以外」に分割する県、中心部そのものを分割して二分割する県、そもそも別のエリアだったのでその律令時代に決められた区分で分割する県、そういう分け方があるようだ。日本の歴史を反映したような分割があれば、歴史を無視した分割もある。いろいろあっておもしろい。
もう少し1県2校が増えるとおもしろいとおもうが、100回大会の区割りがやはりピークだろうか。区切りもいいし、まだ高校の数もそこそこ多い。これ以上はすぐにはなかなか増えないだろう。たぶん、1000回大会あたりだとまた違ってるかもしれない。ちょっと楽しみだが、900年後も球児は甲子園の砂を持ち帰ったりしてるのだろうか。